小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・72
海広は中学生になった。
俺は時間の許す限り、関連の本を読みインターネットで調べ、成瀬と電話で話をした。
まゆちゃんの店へ行き、性同一性障害について分かろうとした。
我ながら理解ある父親になろうとして、懸命に努力しようとしたと思う。
海広は小学校では毎日いじめを受けていたが、不思議と中学では無くなったらしく、それは俺をとても安堵させた。
小学校の養護教諭が、卒業前に個人の大切さについて講演してくれたのも後押しになったようだ。
何より本人が自分が愛されている存在だと知って、開き直ったのが一番大きかったような気がする。
大切に思っていると伝えるのが、携帯電話に保存された写真一枚で済むとは思わなかったが、今は親ばか丸出しで海広と愁都の写真を合成して待ち受けにしてあった。
「ほら、みぃ。これが、パパの一番大切な写真。」
そういうと頬に朱を浮かべて、まるで蕩けるような笑を浮かべた。
そんな些細なことが、とても嬉しそうだった。
誰でも、自分が自分のままでいいと認められるのが、生きてゆく上で一番重要なことなのだと思う。
中学になると、海広は女の子のグループにも自然に受け入れられていたようだ。
この劇的な変化には、みぃも驚いたのではないかと思う。
元々見た目は、女の子の中にいるほうが自然なくらい違和感はなかった。
女子の中に混じって、体育の授業を受けるのも、小学校から移行した友人達と養護教諭がが見かねて校長に直訴してくれたそうだ。
そのおかげで、夏休み以降、海広は特別扱いになったらしい。
そうなる前の事件は、6月の末に起こった。
男子の保健体育の先生は今で言う体育会系の巨漢だった。
海広のようなタイプは鍛えれば直ると、たぶん、少し前の俺のように安直に思っていたようだ。
おそらく大学でもそれ相応の専門の勉強をしたはずなのだが、勉強よりもどうやら学生ラグビーを本格的にやっていたらしく、その知識は浅かった。
海広は家で、半べそをかいていた。
「ねぇ、パパ。明日、水泳の授業が有るんだよ。みぃくん、お熱出ないかなぁ・・・」
一度、きちんと話をして置くべきだと思っていたので、俺は海広に学校に行って体育教師に話をしてやろうと告げた。
海水パンツは、ゴムを入れ替えた翔のお下がりで、肩から広いバスタオルを羽織って海広は水泳の授業に仕方なく参加したらしい。
上に体操着を着たいと申し出たが、許してもらえなかったようだ。
発熱以外、水泳授業の見学は認められなかったので、海広は天気が晴れだと朝、盛大なため息をつき涙ぐんでいた。
その日俺は取引先から急な発注が来て、みぃとの約束が気になりながらも、学校に行けなくなってしまったのだ。
女子は教室で自習らしかった。
プールサイドでもめる体育教師と、どうしてもプールに入らないといって頑張る海広に誰かが気が付いたらしい。
「ねぇ、プールサイドのあれ、揉めてんじゃない?」
「松原と、ゴリ男じゃん。」
勿論、ゴリ男というのは体育教師のあだ名だったが、バスタオルを引き合う二人は遠目にもすぐ誰かと知れた。
「あ、ひどぉい。ゴリ男が松原を襲ってる。」
「ちょっとぉ、四之宮ってば、助けないで何やってんのよ。」
自習中の女子は、窓際に鈴なりになった。
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秋らしくなってきました。秋企画楽しいです。もっと時間があれば良いのになぁ・・・と思います。 此花
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