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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・9 

夜半、濡れ縁でうとうととしていた大輔は、衣擦れの音に、気が付いた。


ぼんやりと行灯の灯が揺れるが、人影はない。


いぶかしげにそっと、障子を開け大輔は中をうかがった。


羽二重の蒲団を固く握りしめて、貴久が虚空をにらんでいた。


大きく見開いた双眸から、静かに止めども無く溢れる涙。


「貴久様。お気が付かれましたか。」


ほっと安堵して、思わず声をかけた。


「大輔か・・・」


「そなたの、脇差を貸せ。」


「脇差?何ゆえでございます。今はゆっくりとお休みにならないと・・・」


「ゆっくり休むのに、必要なのだ。早う、貸せ。」


夜具の中から、怖いほどらんらんと瞳だけを光らせて貴久は、大輔に迫った。


「貴久さま。」


「頼む。この上、生き恥を晒しとうない・・・」


身体中の痛みに、うっと顔をしかめて、貴久は息をついた。

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