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小説・蜻蛉(とんぼ)の記・16 

だが、当の貴久は自分の身体が不自由になり、尾花家の荷物になったと恥じ入るばかり。


大輔にはそこが大いに不満だった。


「貴久さまは、もっとご自分を誇るべきです。」


「藩の石高が上がったのだって、貴久さまのご尽力のたまものです。
どんなに新田開発をが大変だったか・・」


貴久は、すぐむきになる大輔を面白がっているようだった。


身体はとうに貴久を軽々と、持ち上げられるほどに成長しても、中身は全ての世話を自分がすると涙ながらに宣言した、あの日のままだと思った。


貴久は先に死ぬという大輔を、死なせたくないだけのために生きてきたようなものだ。


事故以来、時間を止めてしまった自分の両足。


細く女子のようになってしまった白い足は、つねっても叩いても、痣ができるばかりで、感覚は戻らなかった。


その日、城内は慌しかった。


「どうやら、島原のほうで土一揆が起こったようだ。」


豊臣の政権以降、禁止された信仰を捨てられずに、キリシタンが大勢反乱を起こし、籠城したらしいとのうわさだった。


「大輔、わたしの死に場所ができるかもしれない。」


何を・・・といいかけて、大輔は貴久の澄んだ目に本心を悟った。


何も言わず、藩の仕事に励む傍らで、やはり貴久さまはご自分の死に場所を求めておいでだったのだ。


「必ず、お供しますから。」


「どこまでも。」


心の中で、誓った。


そして、それは現実味を帯びて三里藩を襲うことになる。
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