淡雪の如く 22
薄いせんべい蒲団の上でぼんやりと目覚めると、すぐ隣に眠る少年のはだけた寝巻きから臍(へそ)が覗いて見えた。
?……ここはどこなのだろう……?
のろのろと上体を起こし、立ち上がろうとして立てないのに気が付いた。
わたしの…この足の包帯は、どうしたんだろう……?
「あ、痛っ……」
「こみちちゃん。起きたんだ。」
昨日、背負ってくれた少年が、是道の顔を覗き込んで、ふふっと笑った。
「あ。お日さま。」
一気に思い出して、是道は困っていた。
少年はにこにこと屈託がない。
「まだ、足が痛むんだろう?」
「……あい。」
「そら。手水までおぶってやろう。用は一人で足せる?」
年のころは同じくらいだと思うのだが、頭一つ背の高い少年は是道を年少者のように、ひどく穏やかに優しく扱った。
「もうすぐ、朝飯だから井戸端へ顔を洗いにゆこうね。」
精一杯の力を込めて、年の変わらぬ(だろう)少年は、年下の少女に対するように、細心の注意を払って是道を負ぶった。
「……日向の匂い……」
ん?と振り向いた少年の顔は、やはり眩しいお日さまのようで、是道は自分は「こみち」と言う名ではないと伝え損ねた。
「何かわけありなのだろうけど、良家の子女が供も連れずに夕暮れにうろうろしてちゃ駄目だよ。危ないからね。」
「…あい。」
「よかった。初めて会ったときは、可愛いのに口が聞けないのはかわいそうだなと思ってた。」
焼酎で洗われて、「金創膏」を塗って応急処置をされた足の裏の痛みは、もう我慢できないほどではなかった。
「お世話になりました。お家に帰ります。」
「ごきげんよう。」
「ご、ごきげん……よ?」
手を付いて深々と下げる頭につい釣られて、少年は同じように慌てて頭を下げた。
「ねぇ。飯、食ってからお帰りよ。こみちちゃん。」
「そうですよ。」
襖の向こうから、一仕事済ませて来た家長が声をかけてきた。
「お食事が終わりましたら、わたしがお屋敷に同道しますから、ひとまず朝餉をおあがりなさい。」
「父上。ぼくもご一緒してもいいですか?」
「駄目だ。おまえなど連れて行ったら、わたしが恥をかく。」
「そんなぁ~。折角仲良くなったのに。」
交わされる親子の楽しげな会話に、是道は目を丸くしていた。
大久保の父親とは殆ど会ったことがなかったし、親しく言葉を交わしたこともなかった。
お日さまのように笑う少年によく似た、赤銅色の太い腕が軽々と是道を抱き上げ、粗末だが心づくしの箱膳の前に座布団を重ねて座らせてくれた。暖かい湯気の上がる飯に、思わず喉がごくりと鳴る。
本家で食するものは冷めたものが多く、温かいものは久しぶりだった。
「おいしい?こみちちゃん。」
「…あい。」
涙ぐみながら、黙々と箸を運ぶ小さな客人を、少年は優しい目で見つめていた。
お行儀のよいおとなしい少女(だと、思って居た)は、ほんの少しの滞在で去ってしまったが、良太郎の心に強く印象を残していた。
*****
で…。
「……あれが、大久保……というわけか。」
こみちちゃんと呼んだ可愛い迷子を、良太郎はやっと思い出した。
記憶の中では「こみち」は儚げで可憐な、まるで天から舞い降りたような少女だった。
「こみちじゃなくて、これみちだったのかぁ……うわぁ。」
今の今まで女の子だと思っていたのが、面倒な級友と知って、良太郎は頭をかきむしった。
「ぼくの初恋だったのに。……こみちちゃんの話は、許婚の小夜さんにも言ったことなかったのに、男だったなんて…これは、ますます言えないなぁ。」
詩音は極めて冷静に、顔色一つ変えずにこう告げた。
「佐藤様のご家庭で親切にしていただいたことは、若さまのそれからのお辛い日々をお慰めするよすがでした。」
「……あの、詩音?もう少し、分かりやすい言葉で頼む。」
市太郎が、呆れて通詞のようになった。
「つまり大久保家の若さまは、君とご家族のことを、片時も忘れたことが無かったと言う話だよ。君がすっかり忘れてしまっていてもね。」
「……すまん。」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。 此花咲耶
(´・ω・`) お、遅れちゃった……すまぬ~
?……ここはどこなのだろう……?
のろのろと上体を起こし、立ち上がろうとして立てないのに気が付いた。
わたしの…この足の包帯は、どうしたんだろう……?
「あ、痛っ……」
「こみちちゃん。起きたんだ。」
昨日、背負ってくれた少年が、是道の顔を覗き込んで、ふふっと笑った。
「あ。お日さま。」
一気に思い出して、是道は困っていた。
少年はにこにこと屈託がない。
「まだ、足が痛むんだろう?」
「……あい。」
「そら。手水までおぶってやろう。用は一人で足せる?」
年のころは同じくらいだと思うのだが、頭一つ背の高い少年は是道を年少者のように、ひどく穏やかに優しく扱った。
「もうすぐ、朝飯だから井戸端へ顔を洗いにゆこうね。」
精一杯の力を込めて、年の変わらぬ(だろう)少年は、年下の少女に対するように、細心の注意を払って是道を負ぶった。
「……日向の匂い……」
ん?と振り向いた少年の顔は、やはり眩しいお日さまのようで、是道は自分は「こみち」と言う名ではないと伝え損ねた。
「何かわけありなのだろうけど、良家の子女が供も連れずに夕暮れにうろうろしてちゃ駄目だよ。危ないからね。」
「…あい。」
「よかった。初めて会ったときは、可愛いのに口が聞けないのはかわいそうだなと思ってた。」
焼酎で洗われて、「金創膏」を塗って応急処置をされた足の裏の痛みは、もう我慢できないほどではなかった。
「お世話になりました。お家に帰ります。」
「ごきげんよう。」
「ご、ごきげん……よ?」
手を付いて深々と下げる頭につい釣られて、少年は同じように慌てて頭を下げた。
「ねぇ。飯、食ってからお帰りよ。こみちちゃん。」
「そうですよ。」
襖の向こうから、一仕事済ませて来た家長が声をかけてきた。
「お食事が終わりましたら、わたしがお屋敷に同道しますから、ひとまず朝餉をおあがりなさい。」
「父上。ぼくもご一緒してもいいですか?」
「駄目だ。おまえなど連れて行ったら、わたしが恥をかく。」
「そんなぁ~。折角仲良くなったのに。」
交わされる親子の楽しげな会話に、是道は目を丸くしていた。
大久保の父親とは殆ど会ったことがなかったし、親しく言葉を交わしたこともなかった。
お日さまのように笑う少年によく似た、赤銅色の太い腕が軽々と是道を抱き上げ、粗末だが心づくしの箱膳の前に座布団を重ねて座らせてくれた。暖かい湯気の上がる飯に、思わず喉がごくりと鳴る。
本家で食するものは冷めたものが多く、温かいものは久しぶりだった。
「おいしい?こみちちゃん。」
「…あい。」
涙ぐみながら、黙々と箸を運ぶ小さな客人を、少年は優しい目で見つめていた。
お行儀のよいおとなしい少女(だと、思って居た)は、ほんの少しの滞在で去ってしまったが、良太郎の心に強く印象を残していた。
*****
で…。
「……あれが、大久保……というわけか。」
こみちちゃんと呼んだ可愛い迷子を、良太郎はやっと思い出した。
記憶の中では「こみち」は儚げで可憐な、まるで天から舞い降りたような少女だった。
「こみちじゃなくて、これみちだったのかぁ……うわぁ。」
今の今まで女の子だと思っていたのが、面倒な級友と知って、良太郎は頭をかきむしった。
「ぼくの初恋だったのに。……こみちちゃんの話は、許婚の小夜さんにも言ったことなかったのに、男だったなんて…これは、ますます言えないなぁ。」
詩音は極めて冷静に、顔色一つ変えずにこう告げた。
「佐藤様のご家庭で親切にしていただいたことは、若さまのそれからのお辛い日々をお慰めするよすがでした。」
「……あの、詩音?もう少し、分かりやすい言葉で頼む。」
市太郎が、呆れて通詞のようになった。
「つまり大久保家の若さまは、君とご家族のことを、片時も忘れたことが無かったと言う話だよ。君がすっかり忘れてしまっていてもね。」
「……すまん。」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。 此花咲耶
(´・ω・`) お、遅れちゃった……すまぬ~
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