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淡雪の如く 25 

佐藤良太郎の苦言が効いたのか、熱が引いてからの大久保是道は、人が変わったように穏やかだった。
詩音と共に学生食堂に現れて、上級生の軽口にも無難に対応して見せた。
むしろ保護者にでもなったように、良太郎と市太郎の方が心配で気もそぞろだった。
蓮っ葉な冗談にも癇癪を起こすことなく、誰もが見惚れる笑みを浮かべた是道は、良太郎が気が抜けるほど周囲に溶け込む努力をしているようだった。

「如菩薩は本気で寮生活に馴染もうとしているようだね。いい傾向だ。そこにいるだけで場が華やぐようじゃないか。黙ってさえいれば、大久保はやはり見目麗しいな。」

「取り巻く上級生に向かって、何か失礼なことを言い出しはしないかと、はらはらしたが大丈夫だったな。正直、ほっとした。」

「まあ、詩音が傍に控えているのだから大丈夫だろう。」

「とにかく良かったよ。折角自由な校風の学校に来たのだから、いずれ国許に帰るのだとしても束の間でも青春を謳歌させてやりたいじゃないか。」

「すっかり保護者気分だな、市太郎。」

「違いない。」

他の生徒のように、一つの大皿から直箸で物を分け合うようなことはできなかったが、それでも自室にこもらず食堂へ毎日主従はあらわれた。
視線が絡むたび良太郎は意識して是道に優しい顔を向け、その都度、是道は嬉しげに頬を染めるのが面映ゆい。
食後には、遊技場で玉突きを楽しむ余裕すらあった。

「そうだ。大久保はもう新聞を見たかい?」

「いいえ。何か載っていましたか?」

「いよいよ、露国と開戦間近のようだよ。」

「やはり、戦になりますか。ずいぶん前から噂にはなっていたようですけれど…。」

「寮長が各部屋へ、新聞を回覧させるそうだよ。」

学生たちの間で、戦争の話はかなり前から話題に上っていた。

「どうやら本気で露国と開戦するらしいな。清国にも勝利したのだから、大日本帝国軍部は自信があるのだろうけど、農家はまた男手が取られて大変だ。」

「そうか。小作が戦争に取られるのか。」

明治と言う時代は、一歩学外に目を向けると、東洋の無名の小国が巨大な国に真正面から歯向かう挑戦の時代だった。愛国心旺盛な学生たちは、寄ると触るとその話をした。

以前に清国に勝利していることもあって、国中沸き返り、小国を自覚しているのは残念ながら多くはなかった。
政府中枢にも、列強並みの国力があると勘違いしているものは多いのだから、華桜陰の学生たちが勝利必至を確信するのも無理はない。

だが、一度戦争に勝ったからと言って、資源の無い国が大国を相手にするには周到な計画が必要だった。
戦争は始めるよりも引き際が重要だ。露国に話のできる講和(仲直り)の仲介者も必要だった。

膨大な戦費を工面するため、この頃の日本は、日露戦争前後、海外に外債を求め奔走していた。何しろ国庫には、蓄えといえるほどの充分な金など無かった。
外債と言えば聞こえはいいが、平たく言えば国の借金のことである。
戦争にかかる途方もない金額を、若い政府は外国からの借金で懸命に賄おうとしていた。
この外債募集のために、当時の日本銀行副総裁と配下は日露開戦と同時に海外に渡ることになっている。

改めて、ここに付記する.
日本の銀行を創設するときに、民間の一実業家でありながら国から派遣され機構(システム)について基礎固めしたのが、現在の華桜陰高校の理事、鉄道事業で名を馳せた如月財閥の如月奏その人だった。

英吉利へ渡り、大学で経済経営について学んだ後、著名な銀行家からも実践的な講義を受け帰国していた。英吉利の機構(システム)をそのままなぞるのではなく、独特の理論を持って、帰国してからは金融界に席巻した。




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(*⌒▽⌒*)♪ 何気に作者の好きな如月奏が出演……
拙作「はつこい」他、如月奏の物語の主人公です。

物語としてはあまり面白いエピソードではないのですが、この先必要になりますので少し背景書きました。
どこが、BLやねん……(*´・ω・)(・ω・`*)ね~

(´・ω・`) だって……必要なんだも~ん。
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