青い小さな人魚 (漆喰の王国) 3
「わかるのか?」
「はい。海鳥は海神の眷属ですから。」と人魚は答え、枕をぎゅっと抱きしめた。
そして、懷かしむように昔語りをした。
「海の真ん中には、大海原に鳥だけが住む島があったのです。人の住んでいない場所で鳥たちは、自由に暮らしていました。」
「それは鳥の楽園だな。」
「はい。でも……あるとき、地図にないその島を見つけた東洋人の商人が上陸して、住んでいる鳥たちを根こそぎ捕まえてしまいました。木の箱と綿で拵えた枕で眠る国の男は、たくさんの海鳥たちの羽根をむしり、たくさんの枕や布団を作って余所の国へ売り、お金持ちになりました。」
「不思議なことを……?自由な羽がありながら、なぜ海鳥は逃げようとしなかったのだ。」
「人に囚われた後、どうなるのか自由な海鳥たちは知らなかったのです。人懐こい海鳥は、男の持ってきた罠の中に自ら囚われに行くような有様でした。わたしの背の黒い海鳥も、この中にきっといると思います。スルタン……海鳥は、兄上たちと年の離れたわたしの遊び相手でした……。今はわたしも、この飛べない海鳥と同じ……囚われの身です。」
不意に、目の前にいる小さな生き物に、愛おしさがこみ上げてスルタンは柔らかい髪に触れた。しょんぼりと俯いてしまった人魚の顎をついと持ち上げると、スルタンはすんなりと細い身体を抱きしめた。
「優しいスルタン……。」
しなやかな上半身がしなり、両腕が首に縋る。
下肢を重ねて指を伸ばせば、そこには少年の淡い下草はなく、あるのは浅瀬で跳ねる魚と同じように煌めくひんやりとした冷たい鱗だった。それ以外、何ら人と変わることはなかった。
「そなたを、わたしの亡くした妃のように愛しいと思う。口を吸っても良いか……?」
引き寄せた二枚貝のような唇が、そっと重なって絡み合った。ぎこちなく小さな舌が、スルタンの口腔を這い、劣情を煽ってゆく。小さな青い人魚の、貝殻骨をなぞると「はふっ…」と吐息が洩れた。
何もついてない光る下肢に、やがて、ふるりと小さな性器が顔を出して屹立した。
少年人魚の足の間に隱されたものがそっと勃ちあがり、体の内部にしまわれていた人魚の薄紅色の突起が恥ずかしげに顔を出した。
桜貝の色に染まった胸の突起もスルタンの手のひらで、固くなり震えていた。子羊の新鮮な肉片のようにも見える、透き通った茎に、露がとろりと今にも溢れ落ちそうになっている。芳香を放つ少年人魚の秘部に、王さまはそっと口を付けた。
舌を絡め吸い上げると、人魚は驚き甘い悲鳴をあげた。
「あ……っ、スルタン!飲んではいけません!人魚の精は、人には毒となるのです。おやめください。」
だがスルタンの喉は、こくりと音を立てて甘露な毒薬を飲み下してしまった。
「今更、毒など何も怖いことはない。わたしには失うものなど何もないのだから。今、ここで黄泉へ旅立っても構わぬ。」
人魚は不思議そうに「でも、ここには…」と口にした。
「スルタンには白い漆喰の柱が立ち並ぶ、夢のように美しい王国があるではないですか。この国を守る為に、スルタンは長い間、戦をしているのではないのですか?」
「好きでそうしているわけではない。太守だから、そうしている。……王妃に出会い初めて、誰かを守る為に戦をしようと思った。願いは……叶わなかったがな。王妃を失くした今は、漆喰の回廊が罪人を閉じ込める牢獄のように思える。」
「スルタン……。」
「後宮にいる多くの女たちは、自ら望み、また言い含められてわたしの正妃になる為にここに来た。わたしが国を留守にし戦をしていた時、正妃が捕虜となり辱めを受けたのを知っても誰一人として悲しまなかった。そればかりか、次は誰が選ばれるだろうかと、派手な衣装で着飾って、次々にわたしの前に現れた。」
人魚は胡坐をかいたスルタンの膝にそっと頭を乗せ、可愛らしい声で歌うように語った。
「スルタンのお妃さまは、きっと素晴らしい方だったのですね。遠く離れた今も、スルタンの胸の中で生きて愛されている。羨ましい気がいたします。」
「助けられた侍女が、妃がどれほど毅然として、女官たちを守る為に屈辱に耐えたか話をしたが、宰相たちには妃よりも、わたしの体面の方が大事だったんだ。誰も妃が死んだことを悲しまなかった。そればかりか…もう二度と正妃にこのようなことが起こらないように、以後は国主の正式な結婚は認めないようにしようと画策している。誰も、わたしの深い悲しみには気付かないんだ。王妃の亡骸も無く、弔いも出せぬ……。誰もわたしの妃を悼まぬ……。」
「可哀想なマハンメド……。わたしと一緒に海の王国へ行く?漆喰の王国を捨てて、生まれ変わって輝く銀色の鱗の魚になる?わたしと長(とこ)しえを生きる勇気がある?」
「悠久の彼方へ、お前と共に?……もし、そうできたら、どんなにいいだろう。」
……豪語した割に、あんあんのあっさり感いなめず。
(*/∇\*) キャ~、がんばります~。
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