2ntブログ

青い小さな人魚 (漆喰の王国) 8 

「あぁ―――……」

とっさに悲鳴が外へ洩れないように、宰相は人魚に腰のサッシュ(布ベルト)で猿轡をした。逃れようと身を捩るのを押さえつけ、肌を覆った鱗が刃の侵入を拒み跳ね返そうとするのを、思うさまえぐり込んだ。
苦痛に喘ぐ人魚がじたばたとのたうち、空中に綺羅と輝く半円の鱗が光を弾いて金の水しぶきのようにばらばらと散った。

「うっ……ぅーっ……!」

「人の世では、因果応報という。償ってもらおう。」

*****

スルタンがやっと自室に帰って来た時、辺りを血の海にして、人魚は倒れていた。

「ヤークートッ!?」

豪奢な絨毯も髪に結ばれた帯飾りも、しっとりと重く血を吸っていた。
蒼白の人魚は、誰の仕業だと告げなかったが、口腔に押し込められた青い飾り帯に見覚えがあった。

「これは……宰相の物だ……なぜ、こんなことを。いつも、わたしを支えてくれたただ一人の従順な男だったのに。」

「……マ……マハンメド……わたし……は、大丈夫です……。」

「ヤークート!?口を開くな……、ひどい傷だが大丈夫だ。さあ、わたしの血を垂らしてやろう。同族の血は薬になるのだったな?わたしも、今やお前と同じ海の者の誓いを立てた、海人だ。さあ、これですぐに楽になるぞ。」

腰刀で手のひらに小さな傷をつけると、たらたらと血を零した。血が混じり合ったところから白い泡が噴き零れ、修復されるように足の傷が癒えてゆく。物陰に潜んで様子をうかがっていた宰相は、驚愕の事態に動転していた。

「馬鹿な!……既に、スルタンは海の者になられたのか……!お……お……もう、お終いだ、この国はもう、マハンメドとわたしの国ではなくなった……。魔魚の一族になるおつもりなのだ。」

人魚とスルタンの会話を聞いた宰相は、滂沱と血の涙を零し、天を仰いで慟哭した。
もはや何をしようと手遅れだった。手塩に掛けたマハンメドが、自分の知る世界のどこにもいなくなってしまう……。
側女に孕ませた子供を、スルタンの後釜にし国を乗っ取るつもりでいた宰相は、結局、マハンメドに執着し、幼児の持つお気に入りの玩具のように手放せなかっただけなのかもしれない。

「スルタン・マハンメドはわたしを裏切り、国を捨てる気だった……。もう、わたしの小さなマハンメドでは無くなってしまった……!」

半身をもぎ取られるような思いで、ついに正気を失った宰相は国を売る決心を固めた。
ふらふらと、壁に縋るようにして部屋に戻ると、宰相は亡命中の隣国の王に宛てて、密書を書いた。

*****


「東の漆喰の王国の宰相より、西の国の王へ。

この国のスルタンは今や、傾城の魔魚に乗っ取られてしまいました。
せめて、陛下に元の領地をお返しして差し上げたい。亡命先の北の国の王に兵を借り建国の日の満月が上がったら、海から攻めて来てください。新しいスルタンの誕生を祝う宴は、民草も集う大掛かりな物ですから、兵士の中に紛れ込んでも誰も気づきますまい。漆喰の王国が、このまま異形の者の治める国と成ってゆくのを見てはいられないのです。
城壁の兵には、酒をふるまい眠らせておきます。機を逃してはなりません。疾く急がれよ。」

*****

何も知らないスルタンは、傷ついた青い小さな人魚を抱き上げて、これから共に行く海の王国の話を聞いていた。漆喰の王国の白い柱の代わりに、海の王国では紅色珊瑚の柱が回廊に立ち並ぶのだという。大きな二枚貝の白い寝台で、眠るのですとヤークートは明るい顔で微笑んだ。
マハンメドは、ヤークートの語る夢のような風景に、思いを馳せた。

「すっかり元通りだ。足の傷もすっかり癒えたな、ヤークート。」

「はい。マハンメドのおかげです。ありがとうございます。」

「綺麗な身体に、傷が残らなくて良かった。」

建国の儀を終えたら……と、スルタンは青い小さな人魚と、約束を幾度も交わした。
全てに別れを告げて、二人だけで海の底の王国へ行こう……と言われて、人魚は再び、ぽろぽろと喜びの虹色真珠を零した。

「これをあなたの息子、小さなスルタンに差し上げます。わたしの涙を身に着けていれば、海の事故や禍から、必ず守って呉れるでしょう。」

揺り籠の取っ手に、希少な虹色真珠は飾られ、この先の平安を約束した。
建国の日に生まれた幼い王子に祝福を送り、国中が祝賀ムードに沸き返っていた。
正妃は生母の地位に満足している。

妃と薔薇色の赤子にキスを贈り、慣例通り三人の肖像画を描かせたスルタンは、地上での最後の晩餐を過ごしていた。
深夜、中空に満月は掛かり、密かに波打ち際から手引きされた隣国の王の軍隊が攻め入ってくる。スルタンは、最初は無礼講で盛り上がった祝賀の晩餐に羽目を外した兵士が騒いでいるのだろうと、思っていた。




束の間の幸せの中にいるスルタン・マハンメドとヤークートです。

(*/д\*) ちょっとだけ、いじめる~

本日もお読みいただきありがとうございます。
ランキングは外れていますが、バナーを貼っておきます。村へ行くとき、お帰りの際にお使いください。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ


関連記事

2 Comments

此花咲耶  

けいったんさま

> そうだったんだ!Σ(・ω・)b
> 同族となったマハメドの血で ヤークートの傷は治るんだね!
> 良かったぁ~ハァ・・(ノω=;)

伏線張る間もなく唐突なエピソードでした。大丈夫だったかな。どきどき……(〃ー〃)
>
> これで やっと!と、思ったのも 束の間の幸せとは・・・

前のお話しが、時系列としては後からなので、ちょっと別れ別れにならないとね~。
♪ψ(=ФωФ)ψうふふ~
>
> 歪んだ感情に支配された宰相の悪企みが 粛々と遂行されてるなんて 幸せボケの2人は、気づかないのね。
> チョトダヶ ィジ メル~♪Ψ(+Φ∀Φ)Ψィヒヒ...byebye☆

幸せボケしている二人の絵を描きました。
今晩上げるので見てください(*⌒▽⌒*)♪

2012/03/13 (Tue) 11:35 | REPLY |   

けいったん  

そうだったんだ!Σ(・ω・)b
同族となったマハメドの血で ヤークートの傷は治るんだね!
良かったぁ~ハァ・・(ノω=;)

これで やっと!と、思ったのも 束の間の幸せとは・・・

歪んだ感情に支配された宰相の悪企みが 粛々と遂行されてるなんて 幸せボケの2人は、気づかないのね。
チョトダヶ ィジ メル~♪Ψ(+Φ∀Φ)Ψィヒヒ...byebye☆

2012/03/13 (Tue) 10:37 | REPLY |   

Leave a comment