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露草の記 (壱) 18 

約束通り寮に来ると、小草履取りは丸腰で藩主に対面した。
藩主は夜具に寄りかかったまま、黙って自分の拾った於義丸の話を聞いた。

「草」の話は驚くものだったが、腑に落ちるところもある。双馬藩を手に入れようと、忍び寄る画策の全容が明らかになった。しかも、敵の先鋒隊は既に国境まで迫っていると言う。
於義丸が打ち明けるのが遅くなったのも、周囲に潜む間者に裏切りを気取られないようにするためだったと告げた。既に城中深く敵は侵入しているらしい。

藩主元秀も、兼良も決して手を打たなかったわけではない。
密偵を使い各地で情報を集めていたが、得体の知れない不思議な話がいくつも届けられて、対処に手をこまぬいていた。相手がはっきりと絞りきれないもどかしさもある。

届いた報せに、共通したものもいくつかあった。
いずれも双馬藩と同じく東軍に組した小藩で、騒動は起こっていた。時期を同じくして、世継ぎが早逝し、どれも早々にお取りつぶしになっている。背後で何かが暗躍しているとしか思えなかった。
あちこちで湧く不思議なお家断絶の噂は、密偵達の中の隠語で「郭公(かっこう)」と呼ばれていた。

*****

その所以は、こうだ。
郭公と言うのは、巣を作らず他所の巣の中に託卵する鳥の名である。
産み落とされた後、養い親の雛鳥を地べたに落とし、自分だけが餌を貰って大きくなる習性を持っている。
雛が居なくなったのを知られないように、郭公は隠された短い羽を振り、そこに義兄弟がいるかのような擬態すらやってのける。

小さな巣が、育った一羽の雛で手狭になり、親鳥がおかしいと気が付いても、既にわが子は巣から投げ落とされて土くれとなった後だ。自分達よりも大きくなった雛に、養い親は黙々と餌を運び、やがて何事もなかったかのように、郭公の雛は巣立ちを迎え親を捨てる。

じわじわと巣を乗っ取る郭公のように、内側から知らぬ間に屋台は乗っ取られてゆくらしい……と、密偵たちは、藩主に不思議な話を告げた。いつか知らない内に、何者かが巣食い、白蟻のように堅固な城を食い荒らしてゆく。

藩主にとって一粒種は、最愛の妻の忘れ形見で、目に入れても痛くないほどに可愛い。
その姿を、見事に丸々寸分違わず写し取って、郭公の雛は相馬藩と言う巣で惣領の顔をし餌をねだる。
敵ながら見事な策と、言わねばなるまい。

「なるほど。そちが、「郭公」なるものなのか。見事に化けたものじゃな。」

作り物とわかって、藩主はそこにある息子と同じ面(おもて)を、違いを見つけようとじっと見つめた。

「それにしても、愛い貌(かお)じゃ。双馬藩の大事な嫡男と同じ顔をして、見事に謀る(たばかる)つもりであったか。」

「さあ。秀佳に成り代わり双馬藩を転覆させる密命を、誰に託されたか殿に言うてみよ。」

「構わぬ。直答いたせ。」

直々の返答を許され、答えた。

「「草」として帯びた密名でござりますれば、上つ方の名は八つ裂きにされても申せませぬ。」

「ふん。殊勝な物言いじゃ。で、秀佳に仕えたいという、その方の真意とは?」

秀佳と同じ顔で、於義丸はいずまいを正した。

「於義丸は……若さまに頂いたこの名の通りの「義」をもって、秀佳さまを生涯ただ一人のご主君と思って、お仕え致しとうございます。成り代わる気は毛頭ございません。」

殊勝に頭を下げた。

「小草履取りの分際で、大した家臣気取りよ。他藩をいくつもつぶして参った身で、此度だけは密命にそむくと言うのだな。その心変わりの理由は申せるか?返答次第によっては、今一度、秀佳の傍に戻してやる。」

ふっと破顔した藩主が、つるりとこけた頬を撫でた。
その優しげな顔に於義丸は励まされ、懸命に身を乗り出して我意を言う。

「中間に乱暴されたわたくしを抱き、若さまはすまぬ……と、泣いて下さったのです。」

「本来ならば、若さまのお側にも寄れない卑しい草の身なれど、心はございます。」

「物心ついた頃から、この身は常に我物ではございませんでした。言われるままに一寸の虫どもに骨の髄まで食われる儚き草の一葉でございました。……殿さま。於義丸は、わたくしに初めて名前とお涙を下さった若さまのために、一身捧げたく存じます。」

兼良が何事か、藩主の耳に伝えた。

「うん。主家の名は明かせぬと言うのだな。主君を二人持つ二股膏薬とは、何と節操のないことよ。」

「だが、於義丸。そちのおかげで秀佳は命拾いした。双馬藩を狙う相手の顔も見えた。礼を言う。城に帰って、秀佳の傍に控えるのを許す。」

「有り難き幸せ。恐悦至極でございまする……。」

願いを許された於義丸は、一瞬安らかな顔になった。

双馬藩に首尾よく入り込んでしばらくたったある日、嫡男秀佳は、於義丸と名づけた小草履取りを中間共に渡し、なぶり者にするのを許した。手を曳かれながら、やはりここでも同じことが起きるのか……と思った草の本音を秀佳は知らない。意趣返しに、いつか一泡吹かせてやると心の内で草は叫び、降りかかる苦痛に耐えた。
同じようなことは、これまで潜り込んだ他藩でも何度も遭った。それも草の任務の内と、とうに諦めていた。

焼け火箸を突き入れられるように乱暴される自分を、思い直した秀佳は必死に救おうとした。傷つき意識をなくした自分を抱きしめ、詫びながら声を上げて泣いた秀佳の手も足も傷だらけだった。強く抱きしめられた肩や背中に、熱い涙がこぼれたのを感じていた。

秀佳が涙を零した瞬間、生まれ落ちてからずっと、常に誰かの足に踏みつけにされ続けた、「草」の凍りついた感情がほろりと溶けた。悲嘆と諦めの中で幾度となく零してきた冷たい涙が、嬉しい時にも流れる温かいものだと初めて知った。

自分を強く抱きしめて、すまぬと泣いた敵は初めてだった。
二度とこのようなことはせぬと誓って手当てをし、手ずから口に粥を運んでくれた。
心に湧き立つ初めての感情に草は揺れた。
不器用な気遣いが嬉しかった。

そして、思い詰めた露丸は寝返ったのだ。

「わが一身を、若さまに差し上げとうございます。」

初めて名をくれた主人を守る為なら、何でもしようと誓った。
初めて自分を抱きしめて、涙にむせんだ主人のために命を捧げたいと願った。

……薄倖の草が、秀佳を慕って嗚咽した。





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