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露草の記 (壱) 19 

兼良と段取りを整え、於義丸は夜明け前に再び城へと戻った。双馬藩に残された平穏の時間は短かった。

裏切り者は、掟に従いいつか必ず始末される。自分の息の根を止めるまで、地の果てまでも執拗に組織は追って来るだろう。
それでも初めて得た主君の為に一命を賭そうと、於義丸は既に固く決意していた。
残り湯を使い一度顔の作りを落とし、もう一度支度にとりかかろうと自室の化粧前に座った時、心臓が凍り付きそうになった。まだ休んでいるはずの秀佳が、襖の陰から自分を見つめていた。

「わ……若さま……。」

「その方は、誰じゃ……。ここは、わたしの小草履取りの部屋ぞ。」

秀佳は今、目の前にぺたりと伏した自分の家臣に、目を丸くしていた。
静かな部屋で、見つめる秀佳の喉がごくりと鳴る。
息を詰めたまま、驚愕していた。

*****

明け方近く、何やら騒ぐ虫の音にふと目が覚めて、秀佳は廊下に出た。
於義丸の居室から灯りが漏れている。

「おギギ……?こんな早い時間に起きているのか?それとも、何かあったのか……?」

既に起きているのなら話をしようと思い、そっと襖を開け鏡越しに目があった。

「あっ……!」

鏡の中の於義丸の顔は、いつもの自分と同じものではなかった……。
秀佳の大きな深い二重の目は母譲りであったが、そこにいる於義丸は、きりりと涼しい切れ長の眼元をしていた。

「……おギギなのか……?」

少年らしいふっくらとした頬もなく、すっと肉の薄い頬を持った少年は、見た目だけで言えば秀佳よりも、いくらか年長に見える。

「はい……。若さまにお名を頂いた、於義丸でございます。」

驚きと同時に、戸惑いが交差していた。

「おギギ……その方、口がきけたのか。」

「はい。声を似せるのには時間が必要でしたので、黙っておりました。いささか、手間取りましたが、ようやく間に合いました。」

「……?どういう事だ。わたしの顔と声を似せてどうするのだ。」

もう、一切を観念して於義丸は平伏した。

「こうなってしまっては、隠しようもございません。全て終わるまで内密に事を運ぶつもりでしたのに、とんだ楽屋裏を、お目に掛けてしまいました。」

鏡に映る自分と、そこに座る於義丸を比べてみた。

「こうしてみると、まるでわたしとは、似ておらぬ。」

「草には……色々な技がござりますれば、顔のつくりなど、いかようにもなりまする。老人にも女人にも化けられます。」

於義丸は「草」と呼ばれる、忍びだと白状した。
顔を変え声を変え、内部に深く入り込み国を傾ける名人だったが、今はまだこの気の毒な主人には、二重の密命は打ち明けることが出来ないでいた。

「草だとすると……於義丸は、私を狙う刺客なのか?わたしを亡き者にする為に、双馬藩に来たのか……?」

「はい。」

淀みなく答えた。
はっと胸を突かれたが、別段そこは驚きもしなかった。秀佳には思い当たる節が、余りにありすぎた。

「そうか……。義母上と城代の仕組んだことであろうの。大方、倖丸可愛さ余っての事であろう?」

「だが企みがわたしに露見した今、そちは、これから何とする?」

「……さすれば、まずは若様へのお務め、果たしとう存じまする。」

今更、何の勤めじゃと問うた。
きちんと坐っていた於義丸がにじり寄って、両手で秀佳の膝を抱いた。

「於義丸は、若様の小草履取りゆえ……、むさ苦しい乱暴な中間どもではなく、双馬の若さまと契りとうございまする。」

「なっ……!」

秀佳はばっと赤面して、やろうと思って持っていた色鮮やかなびいどろ細工のような、砂糖菓子をばらばらと投げつけた。

「この痴れ者めがっ!」

「おまえなぞ、どこぞへ疾(と)く去んでしまえっ!顔も見とうないっ!」

悪しざまに罵られた於義丸の顔が、悲しげに歪んだ。





Σ( ̄口 ̄*) 「おギギっ!?」

♪~(・ε・。) 「え、え~と……」←意外にうっかりさんのギギたん。

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