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露草の記 (壱) 15 

義弟の倖丸は、多くの家臣にかしずかれ、後添えは北の方さまと呼ばれ家の全てを取り仕切り始めた。秀佳についていた小者たちも、いつか倖丸の世話係になった。

「秀佳さまは、間もなく元服を迎えるお年なのですから、いつまでも家臣に頼らず、何でもお一人で出来るようにならなければ……ねぇ、お父上さま。」

「左様。戦場では何が起きるか分かりませんからな。例え、最後の一騎になっても戦えるだけの、強いお心と頑健な身体を持たねばなりません。よろしいな。」

「御心をお強くするには、普段から耐え忍ぶことを覚えなければ。堪忍……それが、お家の為ですわ、秀佳さま。まずはお一人に慣れなくては。」

「……その方等の好きに致せ。」

多くの心ある者が遠ざけられ、藩校で学ぶ以外、屋敷内では北の方に遠慮して話しかけるものもいない。大抵自室で一人きりの寂しい秀佳だった。

その頃、藩主は国境からの侵略者を防ぐための、平城の建設を急いでいる。
そのせいで中々屋敷にも帰れず、母のない息子に寂しい思いをさせているのを、いつも気にかけていた。愛おしい一粒種は、たった一人、敵の鼻先で震えていた。

「許せよ、秀佳。今しばらくの辛抱じゃ。」

心で詫びる留守がちの藩主に代わって、実権が家老と北の方に渡ったと思っている家臣共に、軽くあしらわれているのも、心ある家臣からの重なる文で知っていた。

兼良の勧めで、急ぎ建築されたお狩り場の寮は、屋敷に居り辛い秀佳にとっても、気持の休まる逃げ場所になっていた。
豪奢な城の建築は、今や天下人に無断で着工できなくなっていたが、密かに普請した別邸のつくりは何処にも漏れていない。傍目には普通の寮だが、中は敵の侵入を許さない堅固な作りになっていた。
寮の奥座敷でようよう落ち着いた藩主は、義弟に詫びた。

「すまぬ、兼良殿……。思わぬ不覚を取ってしまった。」

毒を盛ったのは、どうやら奥方の仕業だったらしい。

「奥の差し出した薬湯が、まさか毒入りだとは思わなかったのだ。白昼堂々、こういう手を使うとは思いもよらなんだ。甘かった。」

「まったく……。あれほど御油断召さるなと、言い置きましたのに。」

兼良はこの人の良い義兄を、謀(はかりごと)で闇に葬ろうとした北の方が許せなかった。
後添えは浅はかにも、藩主に跡目を倖丸に譲って下されと頼み、返事をしない夫に腹を立てたらしい。
もっとも実際に毒物を仕込んだのは誰かはわからないが、お薬湯と言って奥方が差し出したものを、一口含んだ途端、藩主が昏倒したのは事実だった。
湯のみを渡された後、北の方の手が小刻みに震えるのに気付き、すぐに吐き出したので一命を取り留めたが、元来砒素は無味無臭の足の付かない劇薬だった。

「毒が少量だったから良かったものの、喉を通ればひとたまりもありませんでしたよ。
あのような者を信じるから、そんな目に合うのです。大体、何のために、毒見役を置いたのですか。双馬の藩主ともあろう方が隙だらけです、ああ、情けない。うっかり、留守もできやしない。」

兼良はわざと盛大にため息を吐いた。

「これ、なんという言い草じゃ、兼良。もう少し、弱った兄を優しく労わらぬか……。心が冷える。」

「義兄上の脇の甘さには、この兼良、塩でも塗りこんで差し上げたいくらいです。今、ここで御落命なさるようなことが有れば、敵方の思うつぼではありませぬか。残された秀佳が虎穴の中でどうなるとお思いです。」

「……それを言われると、返す言葉がない。」

兼良は二人きりの時は、大好きな義兄に容赦なかった。元々、年の離れた義兄を本当の兄のように慕っていた。

「一体何処がよくて、義兄上はあんな頭の軽そうな北の方を貰ったんですか。あれは…こう目がつり上がって、言うならば狸の勧めた狐の嫁入りです。花嫁行列を眺めながら、わたしは、義兄上が御気の毒で笑いをこらえるのに難儀しましたよ。」

「なるほど。上手い例えだなぁ……。確かに、釣り目じゃな。」と、藩主が感心した。

「一体、あの女子(おなご)のどこが良いのかと思いますね。」

「そう言うな、兼良。いい所か……そうだなぁ。あれで於喜代は中々の床上手で、その上……。」

「その上?褒めるところが、まだありますか?」

義兄、元秀がくすりと、笑って手招きをした。
にじり寄った兼良の、耳元に手を添えて告げた言葉に兼良は絶句した。

「あやつは、乳がでかいのじゃ。」

「……義兄上……。」

「どこで習い覚えたものか知らぬが、閨での於喜代は見ものだぞ。南蛮手妻の軽業師のような技を使うのじゃ。」

殺されかかったくせに、この人は……。

「……いっそ、兼良も一服盛って差し上げたいです。」

呆れた兼良に、義兄は「許せ、軽口じゃ。」と、大きく笑った。





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