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露草の記 (壱) 13 

やっと、落ち着いた秀佳の元に、城代家老の側小姓が現れると、他人事のように告げた。

「これより料理方(りょうりかた)と、台所に野菜を持ってきた百姓を探し出し、すぐさま厳罰に処します。」

「誰がそのようなことを、命じた?」

「若さまのお命の危険にさらした者を探し出し、急ぎ処断せよと城代家老さまの御下知でございます。」

こうなった以上、誰かに責任を取らせようと、いう事らしい。

「殺生は、好かぬから……もう良い。捨て置け。これは……ただの、食あたりじゃと城代に伝えよ。」

「はっ。……しかし、毒物の混入と皆が騒いでおりますれば。」

青息吐息の秀佳ではあったが、理性ある言葉に叔父は安心した風だった。「一時の感情のまま誰かを罰してはならない。また、領民の命を粗末にしてはならない。」それは双馬藩家訓でもあった。

「では、わたくしが話して参りましょう。」と、藩医が席を立った。

「さて、これ以上のことが起こっては堪らぬな。暴れ駒が動くのを、止めるとするか。」

「叔父上……?」

「急がねば、手遅れになりそうじゃ。早速、義兄上に対面してまいる。秀佳は案ずることはない。於義丸、秀佳を頼む。」

*****

兼良が帰参予定を早めたのは、ただの見舞い名目ではない。
老臣秋津の名を借りて、密かに文をよこした藩主への対面が急がれた。

勝手知ったる奥の寝所へどんどん足を進めると、誰が報せたものか城代家老が飛んできた。

「兼良さま。しばらく、しばらく。」

「殿との御面会は、しばし、お待ちくだされ。」

返事もせずに足を進める兼良を、身体で押しとどめようとする。
息を切らして、小走りで側に寄ってきたのをねめつけた。

「ご機嫌伺いにゆくだけじゃ。留め立ては無用にいたせ。」

しかしながら……と、城代家老が声を潜めた。

「殿はただいま、会見できるようなご容態ではございませぬ。まだ、「お風邪」が本懐しておりませぬ。」

「えぇいっ、くどいっ!義兄上自らが、お呼びなのじゃ。」

しつこく止める家老の腕を払いのけて、奥へと押し入った兼良は、わが目を疑う。
見る影もないほどやつれた義兄を見た。

「なんと……!これが義兄上か……。」

……この姿を秀佳が見ないで、良かったと思う。加賀羽二重に埋もれるように細くなった義兄が、兼良を認めて力なく微笑んだ。目は落ちくぼみ、顔色はくすんでまるで別人のようだ。
ほんの二週間ばかり前に、大事があるゆえ帰参せよと、秋津の名で文をよこした義兄が、病鉢巻も労しく病床で兼良を待っていた。

「風邪をこじらせたと聞いておりましたのに、この有様は、いかがなされた、義兄上。」

病床の藩主は、家中への表向き、風邪を引いて臥せっていることになっていた。

「不覚を……取った。手足の痺れが、まだ引かぬ……。」

力の入らない手を、軽く握って見せた。
染めた病鉢巻の鮮やかな紫が長く垂らされて、血の気のない顔を余計白く見せていた。
腕を支えに、辛うじてゆらりと起こした義兄の、薄くなった上半身を背後から胸にかき取ると、兼良は肩口から耳元に囁いた。

「この、おやつれよう。兼良が留守の間に、女狐めに一服盛られましたかな……?」

藩主は、義弟に身体を預けて、力なく頷いた。

「毒は?」

「おそらく……石見……銀山(砒素)。」

「もう、我慢なりませぬ。かような鬼の棲家へ、片時もこの兼良の初恋の義兄上を置いては置けませぬ。……ごめん。」

「おぉ……っ。兼良。なんとする。」

「このまま、お狩場の寮へお連れする。後ほど秀佳も迎えに参りまする。……ええぃっ、女狐め、腹の立つっ!」

*****

兼良は、軽々と藩主を抱き上げると、夜着のまま堂々と表門から城を後にした。
城代家老と後妻は、兼良の言葉におろおろとうろたえた。やつれた藩主の顔を見るなり、一瞬身じろいだところを見ると、おそらく倒れた後も、ろくに看病もしていなかったのに違いない。

「北の方。しばらく義兄上をお借りする。幼い倖丸さまに風邪がうつっては一大事。万事お任せあれ。」

高い馬上から、静養のためにしばらくお狩場の寮へこもり、湯治(治療)に行くと宣言した。
自分を責めるのではないと知り、幾分、ほっとした顔を浮かべたのが見て取れた。

相馬藩に、次々忍び寄る敵意を、これ以上手をこまねいて眺めているわけにはいかないと、兼良は苛立っていた。初恋の……と、冗談めかして口走ったのも伊達や酔狂ではない。
腹違いの姉が、今わの際に、心から愛する我子と夫を頼むと、若い兼良の手を取り涙ながらに託した。必ずと誓った約束は、生涯かけて守るつもりでいた。
元より、姉の入り婿として初めて対面したとき、義兄の涼やかな瞳に射抜かれていた。

「狸に飼われた女狐め……。巣穴から引きずり出してやる。」

兼良が知っているだけでも、領地を守るための自衛の戦は何度かあるが、藩主が毒を盛られたのは初めてだった。毒茸を食したのは偶然かもしれないが、自分の目の前で、嫡男秀佳にも危険が及んだ今、このまま見て見ぬ振りは、到底出来なかった。

関ヶ原前にも、石高の割に豊かな相馬藩は、近隣の大藩に何度も侵略されかけた過去がある。
武人、兼良の肌がざっと粟立ち、双馬藩に迫る危険を知らせていた。
見えない敵が忍び寄り、藩主の喉元へ刃を突きつけているのを感じた。
力なく首を倒し身体を預けた義兄を、馬上で固く抱き寄せた。




本日も、お読みいただきありがとうございます。

(〃ー〃) 何か、どんどん時代物色が前面に……。

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