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露草の記 (壱) 21 

やがて懐の印籠から取り出した小さな丸薬を、転がった秀佳の口に一粒つまみいれると、於義丸は慣れた手つきで口移しに水を含ませた。

「しばしのご辛抱です、若さま。お目が覚めた頃には、皆終わっておりましょう。」

秀佳の手足を優しく緩く縛めて、大切に抱き上げると、蒲団部屋に運び入れた。
まもなく、相馬の軍神と言う二つ名を持った兼良が、手筈通り城中に巣食った獅子身中の虫を退治しにやってくる。
高揚する気持ちを抑え、於義丸は静かに住み慣れた部屋を後にした。

*****

初めて、命を賭して仕えたいと願った幼い主人は、驚くほどよく泣いた。
秋津に叱られるから、武士は泣いてはならぬのじゃと言いながら、しょっちゅう頬が濡れていた。

余り泣くと涙の塩も抜けるのだろうか。舐めた涙は、甘い気がした。
於義丸は、しばらく秀佳の顔を慈しむようにじっと見つめていたが、やがて振り切るように、「安名秀佳」として秋津を呼び、助けを借りて戦支度に取り掛かった。

「急げ、秋津。支度が出来次第、父上にお目通りして仮元服のお許しをもらう。」

「はっ。若さま、真にお勇ましい若武者振りでございます。爺は……嬉しゅうて……。」

「泣くな、秋津。泣くのは味方が勝利した時じゃ。」

お狩場の寮から兼良に伴われ、急ぎ帰城した父に、目通りを願う。
病の父に代わって、急ぎ兼良と秀佳の出陣が決まった。
慌しい仮元服の後、秀佳の名は安名秀幸と改められた。

*****

草の顔は、ついに初陣を飾る相馬藩惣領、安名秀幸になっている。

馬上の草は藩主が誂えた具足、「紺糸威意伊予札」をまとい、実に美々しい武者振りであった。

鉄砲にも耐えるようにと、藩主安名元秀は鉄板張りの胴丸を誂えてくれ、その折、於義丸にこう告げた。

「決して、命を粗末にするでない。そちはこれより双馬の大切な家中じゃ。」

「はっ!」

「良いか?無事に戻ったら、秀幸と共に元服させて使わす。」

そして、奥にもう1領ある具足を指し示した。

「そちの物は紺、秀幸の物は、色違いの紅糸威意なのじゃ。共に並び立って、必ず見せよ。約束ぞ。良いな?」

このまま死出に向かうつもりだった「草」は、藩主の言葉に打ち震え、夢見心地にただ頷くしかできなかった。

既に徳川重臣、本多の軍勢が、夜陰に紛れ県境に潜み、矢を射掛けてくる手はずになっていた。遠くで先触れの陣太鼓が、打ち鳴らされている。
草の情報を受け、兼良の騎馬隊が、奇襲をかけて来る敵を迎え撃つ手はずになっていた。

「各々方!夜襲でござるっ!」

「敵襲ーーーっ!」

夜明け前、物見櫓の半鐘が打ち鳴らされ、一斉にかがり火が高く燃やされる。
度重なる経験の裏打ちだろうか、薄闇の中でも見事なまでに鍛え上げられた、双馬騎馬隊の恐るべき手際の良さである。

「秀幸、参る!」

秋津が馬周りで叫んだ。

「秀幸さま、初陣でござる!」

その声に、周囲が一斉に呼応した。

「おおーーーっ!」

びりり……と、空気が震えた。





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ついに、於義丸は秀佳に成り代わり、出陣しました。

(`・ω・´)「初陣でっす!」

(´・ω・`) 「布団部屋に入れられてる……。どうなるの……?」



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