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露草の記・(弐) 2 

腕の中で息絶えた少年を抱え、男は呆然としていた。

人質であった自分を引き上げてくれたわが主君(織田)ながら、ひとたび敵となれば、女、子どもにも容赦なく向けるその残虐な仕打ちには怖気が走る。
火ぶくれの小さな両手を合わせてやり、その場で板を拾い組みあげると荼毘に付した。
小さな軽い骸だった。

「蘇芳。つゆは必ず預かったぞ。」

井桁に組んだ燃え残りの薪が、蘇芳の魂を父母の待つ彼岸に運ぶ。

「草の生まれゆえ、これからは名を「つゆ」ではなく「露草」と致そう。蘇芳、預かり物はきっと一人前にしてやるから安堵して浄土へ参れ。決して迷うでないぞ。」

これほどの犠牲を出しても、和議を拒絶する忍びとはいかなるものなのか。
主君を抱かず、自由でいるのはこれほどまでに険しい。白い煙が天高く上った。

これから露草は、いつか片羽となる運命の主君に会うまで、乱世の末を忍びとして生きてゆくことになる。

この心優しき武将の名は「蒲生」と言った。

*****

城から急ぎ帰参した主人に、家臣が近づき何事か告げた。
家中に乳の出る者はいないかと、密かに捜させていた。

「ちょうど召し抱えたばかりの下忍に、乳飲み子を連れた者が居りました。」

召抱えた伊賀者の中に、運よく乳が出るものがいると言う。
急ぎ呼ばれてその場にかしこまった忍者は、味方を裏切り、隠れ里へ敵の大軍を案内した伊賀の里の男だった。
お味方か……と、問うた小さな蘇芳の面影がよぎる。
小さく許せよ、とごちた。仇の手を借りるのは、そなたの弟を、生かすためじゃ……。

「これを預け置く。実子と共に育てよ、大切にの。」

男は腕の中に下された美しい赤子を、怪訝な目で見つめた。何処か、並の子供ではないような気がする。
幼児の高い鼻梁が、ふと誰かに似ている思った。

「殿さま。この預かり者は、どちらから手に入れたので?」

「……縁あって、西国から手に入れた。出自は言えぬが、命がけで赤子の行く末を頼まれた故、聞き届けた。身寄りがないゆえ、草にする。頼まれてくれるか?」

「はっ。我が身に代えまして。一人前に、仕込んでご覧に入れます。」

主が軽く頷いた。

「頼む。名は露草じゃ。」

******

こうして、生まれながらに敵の手に落ちた露草は、養母に渡され、何も知らずにこぼれる乳房に喰らい付いていた。
んくっ……と、必死に乳を吸う赤子を見る、養母の目は優しい。

「ほらご覧、玄太。この子は、妾(あたし)から離れまいとしているようだね。自分の手でしっかりと持って吸ってるよ。」

「これこれ。そう顔を真っ赤にして必死に吸わずとも、十分に足りておるだろうに。ずいぶん、腹を空かせていたのだな。」

「母の無い子だから、乳房が恋しいんだね、きっと。愛いのう。」

側にいる少年が覗き込み、赤子の柔らかい肌を優しくつつく。

「なぁ、母者。この子を朱音と同じように、わしのおととにしてやろうか?一人も二人も面倒を見るのは一緒じゃ。」

養父となった下忍が、その言葉を小耳に挟み声を荒げた。

「戯言を言うでない、玄太。殿からの下され者は、わしが手をかけ陽忍にすると決めた。」

「この小さな子を、父者が仕込むのか……。」

「そうとも。お館様から直々に、一人前にしてやってくれとのお声掛かりじゃ。おそらく見目良く育つだろうから、仕込み甲斐があるというものじゃ。いずれは天下取りの道具となるだろう。」

玄太と呼ばれている少年は、修行を初めて10年目だった。
手練れの忍者である父が、仕込んで陽忍にするという事が、これから先、赤子にとってどれ程過酷なものかおぼろげながらも判っていた。





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