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露草の記(弐)4 

露草の厳しい忍者修行は、言葉通り義父の手で行われた。
玄太の兄弟と共に、露草も修行することになった。

*****

「さあ、露草。両の足を揃えたまま、ここまで跳んでみよ。」

浅く掘られた穴の中に、数え三歳の露草が入れられていた。
まだ、露草には早いのではないかという母の言は、即座に却下された。
「できるか出来ないかではない。露草の修行は、親方さまよりの下知じゃ。」

穴の深さは、露草の腰上まであった。
露草よりも一回り大きな子供たちは、ひらりと難なく飛び上がった。

「えいっ。えいっ。」

何度挑戦しても、壁は高い。山を早駆けした後、夕餉の前の総仕上げとしての跳躍の練習は露草にはとても辛いものだった。
穴に当たって露草は、何度も底に転がった。頬に湿った赤土がこびりつき、先に飛んだ子供たちはできない露草を見て、つぶれた「おんびき(牛がえる)」のようじゃと、声を上げて笑った。腹を空かせた露草の前で、むしゃむしゃと、握り飯をほうばりながらはやし立てた。

「露草。早う飛ばないとお前の分が無くなるぞ。」

「つゆのまんま……。」

露草は、泣くまいと歯を食いしばった。
義父の怒声が飛ぶ。

「それでは野兎の方が高く跳ねるぞ。柔らかく膝を使うのじゃ。玄太、試しに跳んでみよ。露に手本を見せてやれ。」

「はい。」

「見ておれよ、露。」

とんと露草の隣に立った玄太は、ひらりと余韻を残して、鷹の飛翔のように高く跳んだ。

「すごい……!玄太にぃ。」

兄者と呼ぶ玄太に羨望と憧憬の目を向け、穴の中の露草は跳べない自分に唇をかんだ。
他の兄弟は皆飛べるのに、ただ一人穴の底に取り残されているのが、悔しかった。

*****

おもむろに穴の底を見下ろし、養父が冷たく言う。

「出来ぬなら、今宵は露草はそこで寝るしかないな。」

「……。」

「上がれぬなら、仕方がない。他の者は、皆飛べたからのう。」

「……あい。」

大きく見開いた目に、じわりと涙が溜まる。こんな時の義父は、本気だと分かっていた。大きなしゅろの木のてっぺんに登れなかった時も、露草は野犬に襲われて危うかった。玄太が手裏剣を投げて追っ払ってくれなかったら、きっと喰らい付かれていたと思う。

「夜になると餌を求めて、腹を空かせた狼が、山から下りて来るのう。どうする露草。」

「……つゆは……。」

「おう。露はどうする?言うてみよ。狼は腹をすかして何頭も群れでやって来るぞ。露草がやるのは、頭か、足か?」

「……つゆは……。」

肩を震わせる露草に、玄太が助け舟を出した。

「露。日暮れまでにはまだ時がある。頑張って鍛練しますと、父者に言うがよい。狼が来ぬように、わしが見張っていてやるからの。」

「……えぇ……んっ……。玄太にぃ……。」

露草は、伸ばされた玄太の腕にかきついて泣いた。

「弱虫め!そうやっていつも、玄太の懐に逃げるでないっ!」

厳しい叱咤が、鉄拳となって飛んだ。

*****

麻の葉や竹を植えて、それを飛び越え、忍者は跳躍力を鍛えると言う話がある。
だがそれらはただの伝承で、実際はこれら草木の成長に人は追いつかない。
少しずつ穴を深くして、子どもたちは跳躍に馴れた。

結局、土を入れ穴を少し浅くしてもらって、何度も跳躍を繰り返した。
義父が領主に呼ばれてその場を去ると、穴の上で玄太が両手を広げて待っていてくれた。

「ほら。露草、兄者の腕の中へ飛んで来い!もう少しだぞ!腿を強く上げるのじゃ!」

「えいっ!えいっ!」

成功しても義父に褒められる事は無く、穴は夜のうちに掘られ、少しずつ深くなってゆく。
もう少しで兄の腕につかまれると信じて、必死に露草は跳躍力を身に付けた。

玄太は父にどんな思惑があるのか、幼い露草の修行が、同じ一族の者よりもはるかに過酷に進められていると気づいていた。

露草もいつしか慣れて、涙を流すのも無駄と知るようになる。
こなせるようにならなければ、いつかそれは「死」を意味した。

露草の出自は、領主と養い親だけが知っていた。
伊賀の中でも手練れで有名な両親を持った「草」の血統に、期待は大きい。




本日もお読みいただきありがとうございます。
昨夜はなぜか新着に上がりませんでした。反映されたのは遅い時間でした。
待っててくださった方、ごめんね。 (´・ω・`)

露草の修行は、これからどんどん過酷なものになってゆきます。


ナデナデ(o・_・)ノ”(つд⊂) 「え~ん、玄太にぃ……」

がんばれ~!

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