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露草の記(弐)5 

高い屋根も地べたと同じように走り、ムササビのように空を滑空する。その姿は闇に溶けて、決して日の当たる場所に出ることはない。
拙いながらも、そんな忍の敏捷性は、生まれながらに露草に備わっていた。いつしか兄弟と同じ速さで野を駆けられるようになった。

「さて……次の訓練は、少しばかり痛い目を見るぞ、露草。」

「……痛い目……?」

井戸端で身体を拭く露草は、掛けられた義父の声に、思わず身を縮めた。

*****

暗がりの部屋の片隅。
そこには誰も入らぬようにと言い置き、義父は露草だけを伴って籠った。

「覚悟は、良いな、露草。ここへは、玄太も母者も助けには来ぬ。」

「……あい。」

返事だけはしたものの、すでにその顔は蒼白になっている。兄弟たちはいつかは奥の部屋で父と二人きりの訓練を受ける日が来ると話をしていたが、まさか自分が一番になるとは思わなかった。たった一つ、燈明が置かれているばかりの暗い部屋に、露草は足を踏み入れた。

心細くてたまらなかったが、口にはできなかった。優しい兄は使いに出されて、しばらく帰ってこない。
父について奥の部屋に入って後、健気な覚悟は直ぐに脆くも潰え、6歳になった露草のくぐもった悲鳴が屋敷内に響いた。

養母は、思わず耳を覆った。
夫が露草に何をしているか知っていたが、まだ幼い露草が哀れでならなかった。昏い部屋で小さな露草に馬乗りになり、義父は、もがく肩をしっかりと押さえつけていた。

「舌を噛まぬように、しっかり晒しを噛んでおれよ!……ふんっ!」

情け容赦なくがつりと音を立てて、両肩の関節が一気に外された。

「……きゃああぁーっ……!」

糸の切れた傀儡(にんぎょう)の様に、逃げようとした足先が、虚しく空を掻いた。

「露。外した肩を、自分で入れてみよ。」

「うぅっ……。」

痛みで目が眩む。
意識が遠のいていた……。まぶたの裏で、優しい玄太が笑ったような気がした。

*****

それは敵に捕まった時に、縛めから脱出する方法だった。
肩の関節を柔らかに自在に出し入れできれば、囚われの縄目も苦にせずに済む。

手練れの草は、猫のように頭さえ通れば関節を自在に外し、狭い場所からも脱出できた。
まだ幼い露草には過酷に見えたが、忍びならいずれ誰でも会得しなければならない、縄抜けの技だった。
しばらく意識が飛んでいたようだ。
薄暗がりにぼんやりと、細い灯明の影が伸びていた。

「えっ…ん…玄太にぃ……。たすけ……て。」

視線に写るのは、だらりと動かぬ自分の両腕。自由になる下肢を軸に、露草はゆっくりと自分のすべきことに取り掛かった。

養父に逆らうことは出来ない。
是か非、それは又、生か死でもあった。額に脂汗を浮かべて、露草は必死に動いた。

*****

露草の涙で曇る目に映る未来は「草」として生きる仄暗い一本道でしかない。
決して横路にそれることは許されなかった。百足(むかで)のように、命を受けたら最後ひたすら前に進むしかできない。
里を裏切った養父には、滅ぼした一族の忘れ形見を、まるで償いのように早く一人前にせねばと、はやる気持もあったかもしれない。

何も知らない露草の懸命な修行は果てしなく苦痛を持って続き、手練れの父は惜しみなく技を教えた。
毒のある鉱物、植物、薬草、化粧、神代(忍者)文字、覚えることは山ほど有った。海綿のように知識を吸収しながら、露草は成長してゆく。

露草が唯一安らかだったのは、夜、大好きな玄太の懐にかきついて、きゅっと抱かれて眠るときだけだった。





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ウワァァ-----。゚(゚´Д`゚)゚。-----ン!!!! 露草「玄太にぃ。此花がいじめるよう……」

(*⌒▽⌒*)♪ 此花「忍者修行だから、仕方ない。明日も頑張ろうね~♡」←いじめっこ~。

(`・ω・´) 玄太「がんばれ、露草。わしがついておる。」

(つд⊂)ウエーン 露草「……うん。」


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