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露草の記(弐)3 

玄太は母親から赤子を受け取ると、慣れた手つきで背中をポンポンと叩き、乳と共に飲み込んだ空気を吐かせた。

「けぷっ……」

「よしよし。露草、上手く空気を吐いたな。」

何も知らない三月ばかりの赤子は、腹がふくれたものか、この先の残酷な運命もしらず機嫌よく笑う。
玄太は、血のつながらない弟に夢中になった。

*****

露草を抱いた玄太は、身のこなしも良く12の割に既に手練れであったが、大きく育ち陰忍になるしかなかった。

父に似て骨太で、女性に化けられるような華奢な骨格ではなかった。陽忍にするには、幼い時に晒しをきつく巻き、身体の成長すら止めてしまわなければならない。
任地に忍び込み、諜報活動をする陰忍ではなく、生まれながら顔を晒す陽忍に選ばれると言うことは、この先使い捨てにするのもいとわないと宣言したのと同じことだった。
元より、忍者、草の者は身分も低い。
敵方深く潜入する忍者は、正体が露見した場合、大抵はその場で簡単に殺された。
顔を晒して、敵の内部に侵入して捕まった者は、正体がばれた場合は舌をかむか、毒を飲む。それも許されない場合、証拠隠滅のひとつとして口を割らぬよう身内の手で速やかに消されるのが常だった。
主家の為に投げ打つ忍びの命は、舞う木の葉よりも軽かった。

*****

「露草。早う、大きゅうなれよ。」

「わしが手ずから、仕込んでやろうほどに。」

夫の言葉の裏を知って、養母は思わず哀れな赤子を引き寄せた。このいとけない幼児に、夫は一体何をさせるつもりなのか。

「この子には、まだ何もわかりませぬよ。さあ、玄太、布団に下ろしておやり。むつきが濡れているだろう。この子はほんに、大人しい良い子だね。」

妻は、露草をじっと見つめる視線を背後に感じていた。
伊賀の里の仲間を裏切った夫の闇は、暗い。

*****

甲賀と違い、主君を持たぬと誓った伊賀の頭領達と夫は、何度も話をしていた。
伊賀の未来を思うなら、織田の軍門に下ることこそ得策と考えて、懸命に語った。
どちらにも違った正義はあり、大義があった。
しかし、長老たちは頑なで、必死に伝えても聞く耳を持って下さらないと、暗い顔でふさぎこんでいた。

「長。もう一度お考えください。織田殿に仕えねば、伊賀の里など一ひねりにされてしまいます。」

「そうなったら、伊賀の里の一族郎党迎え撃って、あの大うつけめを返り討ちにしてくれようぞ。」

「織田軍の火器の装備は、侮れませぬ。」

「はは……。心配性じゃのう。火薬の扱いにはこちらの方が慣れておる。我らの力を思い知らせてやろうぞ。」

伊賀の里の長老達は、長老だけで大事を決める合議制を取っている。
どんなに正しくても、下のものの意見が吸い上げられることは、決して無かった。昔から続いてきた法を変えようとした男は、最後には追放の憂き目に会った。
おそらく、この子はあの場にいた南の長の、腹の大きかった娘の子に違いない。

「露草……陽炎に、似ておる。」

赤子には、その美しさで数多の城主を虜にし、城落としの名人と言われた母の面影がかすかに見えた。里の男の誰もが手に入れたいと望んだ、気立てのよい美しい娘だった。

母譲りの花の顔を持って、幼い露草は、やがて厳しい忍びの修行に入る。捨て駒にされるために、敵の中で何も知らされず成長する露草。

成長した露草には、やがて育ての親によって、嘘の敵の名が刷り込まれることになる。
無残に殺された顔も知らぬ父母と兄弟の話を聞いて、露草は慟哭し涙する。
そして滅ぼされた一族の為に仕組まれた敵討ちを誓う。
儚き露草の決意は固い。

甘い乳の匂いのする幼い草は、今は己の何も知らず静かに寝息を立てていた。
養母だけが密かに、不憫よ……と人知れず咽んだ。




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生き残った露草は、敵の中で大きくなってゆきます。
優しい義兄と、義母。心に深い闇を持つ義父。
おっぱいをたくさん飲んで、早く大きくなぁれ。(〃▽〃) 此花咲耶

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