2ntブログ

露草の記(弐)7 

一つの修行が終わりほっと安堵したものの、すぐに次に進めると父は言い出した。
既に「次」を経験していた玄太の顔は、曇った。

「玄太にぃ?どうしたの……?」

「ん?何でもないぞ、露。修業はつらくはないか?」

「玄太にぃがいるから、大丈夫。つゆも早く、玄太にぃのようになりたいから、頑張る。」

「そうか。」

腕の中で、ひな鳥のように信頼しきった露草が、じっと玄太を見つめていた。

*****

やがて、父から無造作に放られたクナイを持って、玄太は躊躇することになる。

「さあ。これで、露草の腕に傷を付けよ。二年たっても、傷が残るように深く入れよ。」

「わしがするのか……?父者ではいけないのか?」

「お前が教える方が良かろう。あれは、お前を慕っておるからの。」

「わしがあの細腕を刻むのか……。」

玄太は、微かに口端を上げて酷薄な笑みを浮かべた父を見た。
これから自分に裁ちこむ鋭利なクナイの光る刃と自分の顔を、露草は身を硬くして、代わる代わるじっと見つめている。
決して玄太が父に逆らうことはないと、露草は知っていた。

「ただし、神経に届かぬように気を付けよ。子供の腕は細いからの。」

拒絶を受け入れない厳しい長の目で、養父が命じた。
玄太は黙って、露草の着物を脱がせた。
出血が酷くならないように、二の腕の付け根を膝頭で押さえ、もう片方の足で動かぬように手のひらを踏む。

「いくぞ。露。」

無言で露草は肯いた。
声が漏れぬように、怯えた露草の口を覆うと、ぐいと思い切ってクナイを突き立てた。

「んーーっ!!!」

刃物を弾くように、筋肉が締まる。ばたばたと足が跳ねた。

「一、頭!」

「二、額!」

「三、目……。」

「四、……。」

玄太は声をかけながら、露草の腕に6本の傷を刻んだ。

一突きごとに露草の身体がうねり、ぴゅと血が噴く。
血の繋がりはないが、兄とも慕う玄太を悲しげに見つめる目から、涙が零れ落ちる。
歯を食いしばる露草に、肌を裂く痛みは熱く感じた。

「声を漏らすな。耐えろ、露。」

「ううっ……!」

低い声で、養父が励ました。
これは拷問の痛みに耐える、修練にもなる。

*****

忍は物を覚えるとき、独特な方法を使う。
覚えにくい沢山の数字など、身体の部分に置き換えて記憶した。

一は頭、ニは額、三は目、四は鼻、五は口、六は喉……そして、その方法を絶対忘れぬように、傷つけるのは「不忘の術」といわれる。
身体に傷を作れば、傷跡を見るたび傷を負ったことを思い出し、それと共に記憶をとどめる。幼い露草には、これも体で覚える必要な方法だった。

例えば手に入れた奇襲の情報が「三月三日、明け六つ」なら、両目、喉、と覚えて味方に伝えれば敵方には分からぬ暗号にもなる。
自分達以外には理解できない、こうした忍びの心得はいくつもあった。

細い二の腕をしとどの血に染めて、露草は玄太に向かってかすかに笑った。

「……大丈夫。不忘の術は覚えたよ、玄太にぃ。」

「露……。」

「一は頭、ニは額、三は目、四は鼻、五は口、六は喉……だ。」

「ああ……。」

父に言われるまま、細腕に6本の傷をつけた玄太の方が、青ざめて辛そうな顔をしていた。





本日もお読みいただきありがとうございます。
ランキングに参加しておりますので、よろしくお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ






関連記事

0 Comments

Leave a comment