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露草の記(弐)8 

その日から玄太は、思い詰めたように口を聞かなくなった。
ずっと考え事をしているようで、ぼんやりと高い物見の上で風に吹かれている。露草の誘いにも乗らなかった。

「玄太にぃ。もう遅いよ!寝よう。」

「まだ、すべきことが有る。先に休め。」

「待ってるよ。一緒に寝ようよ。」

「先に休めと言っただろう。くどいぞ、露!」

「玄太にぃ……。」

もう一人前になったのだから露草は一人寝をするようにと、玄太はそっけなかった。
一人で薄い布団に包まると、玄太の体温が恋しかった。もしかすると、何か機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうかと、露草はしょげた。
洟をすすりながら、泣き寝入りしてしまった露草の顔を、じっと見つめる玄太の心の内を父だけが知っていた。

*****

そしてついに、玄太は父の思惑通りの決心をする。話があると、夜半、父の元を訪ねた玄太は里を出てゆきたいと申し出た。

「父者。わしは、露が可愛い。」

「わかっておる。」

「女々しいと自分でも思うが、露には傷を付けられぬ。この間ので一度ごりじゃ。だが、一族の長の長男として、他の者に示しがつかないと自分でも思う。」

玄太は里を出て、新しい任務に就きたいと父に申し出た。
戦に備え、他国の鉄砲の数を調べよと、新しく仕える三河の主家より命が下っていたのを知っていた。
西の遠国から、薬を売りながら他国を調べて来るという息子に、それが良かろうと父はいう。

「わかっているだろうが、露草はこれから閨房の寝技も覚えねばならぬ。お前でも良いと思ったが、出来ないと言うのだな。」

「わしには、無理だ。弟(おとと)と思いずっと可愛がってきたのだ。出来ようはずがない。露を女子のように抱くなど、真っ平じゃ。」

「だがのう……露草は、陽忍ならばこの先、男とばれぬように素股を覚え、女として寝屋にも入る。後孔を使い男を喜ばせる技も覚えねばならん。女として子を孕んだ真似もする。」

玄太は顔を歪めた。

「お前が出来ぬと言うなら、他の者がするまでのことだ。露草の修業を取りやめたりはせぬ。これから身の穢れる露草に、お前は何と思う?」

そう問われて、はらっ……と玄太の両頬を、透明なしずくが伝った。
それは、無垢な赤子が乳を含む様子を眺めた兄の、本心からの憐憫の情だったかもしれない。

「父上、忍びは……忍びとは……。まこと、心に刃を添わせねば勤まりませぬな。」

「忍びとは、そういうものだ。」

「露が忍びではなく、ただのおととなら良かったのに……。わしは、露が哀れでならん……。だが、忍びとして優れた才覚があるのは傍で見ていても判る。あれは、持って生まれたものではないのか?」

「あれは、伊賀の里の忘れ形見じゃ。父は疾風(はやて)、母の名は陽炎(かげろう)という。聞いたことが有るだろう?露草は、南の長老の末裔じゃ。」

「……そうだったのか……。」

哀れと不憫をかけては、露草は一人前の「草」にはなれぬと、玄太は知った。
枷になるかもしれない己を畏れて、玄太は露草から離れることにした。
他の者ならともかく、身内のように思う露を抱いたり出来ないと、強く頭を振った。
共に暮らした時間が、長すぎた。
露草にそんな玄太の気持ちが、わかるはずもなかった。





(´・ω・`) すまぬ~、遅れちゃった。

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