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露草の記・参(草陰の露)1 

あれから季節は移り、於義丸が床から眺める桜は散華し、既に葉桜になっている。

喉に重傷を受け長く声を失っていた於義丸は、ようようほんの小さな囁くような声を、発することができるようになっていた。

「気分は、どうじゃ?おギギ。」

日々何度も、秀幸が見舞いと称して、部屋を覗きにやって来る。膝をつき、そっと布団を引き上げてやった。

その声掛けもいつも同じで、於義丸はふっと笑顔を向けた。自分に向ける秀幸の不器用な優しさが嬉しかった。何気なく額に手を当てて、「熱はないな、うん。」などと言っているが、それも今日一日だけで何度も繰り返されている。

(わかさま……。)

喉笛を押さえ、懸命に声を出そうと試みる於義丸の姿は、痛々しい。
まだ、包帯が取れていなかった。

「声は出さぬとも良い。顔を見に来ただけじゃ。」

名もない草がこうして生きていることを、秀幸は心底喜んでいた。
この先、武人として戦場での名乗りなどは出来ずとも良い、散らさずに済んだ命を愛おしく大切に思っていた。
家臣も皆、相馬藩惣領を命がけで救った、小草履取りの存在を知り、忠義者よと認めていた。

仕組まれた戦の前に、慌ただしく仮元服を済ませた安名秀佳(ひでか)、改め秀幸(ひでゆき)は、於義丸が床上げした後、兼良を烏帽子親に、共に正式に元服の儀を執り行うと大広間で平伏する家臣に告げた。於義丸が秀幸の影となり、鎧を身に着け出陣したことは、既に家中の間では周知の事実だった。
心あるものは皆、於義丸の忠義に何とか見合う褒美をくだされるようにと、思っていた。

どこまでも平和な日差しが柔らかに、雲間から光芒となって双馬藩を照らす。

*****

そして今。

秀幸の叔父、安名兼良は藩主に託された重い箱を抱え、双馬騒動を起こし藩の転覆を仕組んだ相手、徳川の懐刀本多との対面を果たすため、鞍を並べて尾根を越えていた。
まだ、幼さの残る嫡男秀幸は丸く剃られたばかりの月代に冠を戴いて、共に三河を目指し、馬上の人となっていた。

「兼良殿。わたしの代わりに三河まで行って、於義丸の命を買うてきてくれまいか。」

「……秀幸の「初めてのおつかい」ですかな、義兄上。」

「うん。後見を頼む。」

藩主は、つるりとこけた頬を撫でた。過日離縁した後添えに盛られた石見銀山(砒素毒)のせいで、まだ寝たり起きたりが続き、本復は遠い。
紫の病鉢巻を、青白く透けた頬に垂らし、自らの役目を義弟、兼良に頼んだ。

「領内の金鉱を徳川にくれてやるから、於義丸と交換しろと、言うて参れ。」

「それはいい。この金塊を前にして、本多殿がどのような顔をするか見ものですな。」

「欲の突っ張った狸の横面を張って、一泡吹かせてやれ。」

「委細承知。必ず於義丸放免の約定を取り付けて帰参致します。」

「頼む。本田殿と面識のあるそなたが頼りじゃ。」


兼良は深く頷き、双馬藩嫡男である甥を伴なって三河に向かった。





(´・ω・`) おギギ「……怪我したとこからだった~。いたた……。」

(〃゚∇゚〃) 秀幸「元気になって良かった。おギギ。」


第参章が始まりました。
色々難問山積みなところから、話は始まります。どうぞよろしくお願いします。
露草の記、一気読みありがとうございました。
たくさんの拍手うれしかったです。(*⌒▽⌒*)♪此花咲耶

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