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露草の記・参(草陰の露)11 

やがて兼良と義元の親子は、城内ではあるが違う屋敷で暮らすようになった。
どの道日々出仕するのだから、いっそこのまま本丸に居よと秀幸は手放したくなかったらしいが、他の方の手前もありまする、こういうことはけじめですからと義元はさえぎった。

(若さま。それに義元は他の者に知られぬように、父上に武家の作法を習いとうございます。ですから、今しばらくはご容赦下さいませ……。)

そう言われては、もうどうしようもなかった。一方の父となった兼良は、義元と水入らずで過ごす時間が楽しくて仕方がない。
あれこれと世話を焼きたがった。

*****

一つ屋根で暮らし、一緒に食事を取るようになって、兼良は余りに義元の食が細いのに驚いた。
しかも、義元はかなりの偏食だった。

どんなに勧めても肉、魚、卵の類は一切とらない。穀類と、少しの葉物が全てだった。
ネギや、ニラ、香の物など、気をつけてみると、匂いのあるものは殆ど口にしないようだった。
兼良はため息を吐いた。

「これ程勧めても食わぬか。義元殿。それは忍びの流儀かな。」

聞かれて、少し困ったように

(はい……。)

と、返答した。

(わたくしのような者は、あまり武張ってはいけないことになっております。お役目に差し障るのです……。今は必要ありませんが……つい癖で……。)

語尾に、申し訳もございませぬ、義父上と、付けるのを忘れない律儀さである。
兼良は、くん……と、義元の襟を掴んで、胸元に鼻を寄せてみた。

「……なるほど。義元殿は、無臭じゃな。」

(においは、敵に気が付かれますゆえ。)

耳を寄せて、細い声を聞いた。

「ふ……ん。知らなかったが、忍びとは難儀なものだなぁ。」

(幼い頃から、禁じられておりましたので、今更食そうとは思いませぬ。慣れております。)

「川魚のギギは、食ったことが有るか?」

(若さまと魚獲りにゆきましたが……共食いは、致しませぬよ。)

ふふっと楽しげに笑うと、目が三日月の形になった。

*****

「これは……?」

(手慰みにて。藩内の植物をまとめております。)

「うまいものだな。」

義元は藩内の物産方で働くようになっていた。
「植物図録」「薬草図録」はいずれも、義元の手による彩色の珍しい手描きの図鑑である。


「双龍元服図」と名づけた二人の襖絵を描く絵師に、頼み込んで、仕事の暇々に手ほどきを受け、筆を執り色を置いた。
義元の忍びの知識は、義父が驚くほど多岐にわたっていた。

(少しでも、双馬藩のお役に立てるかと思いまして……。わたくしの知ることをまとめております。)

野山に自生する双馬の薬になる植物の名前を、一つずつ添えその薬効なども付記していた。
熱さまし、血止め、腹薬、いずれも戦場においても役立つものになるだろうと思う。
植物の絵が細かく原寸大で描いてあって、字の読めぬものでも携帯すれば食料を探すのに役立ち、飢饉の折には領民が飢えずに済むことだろう。

「これはいい。いずれ写本するように命じて、各庄屋の家に届けるようにしよう。……ん?これは、何だ?」

(これらは皆、毒のある植物でございます。腹を空かした子供は、こういったものを知らずに食べて、、命を落とすことも多いのです。不思議と、毒のあるものは、目を引く綺麗な色をしておりますから……。)

「ああ……。気を付けねばな。」

いつぞや、ニガクリタケの毒で九死に一生を得た秀幸に、懸命に適切な処方を取ったのを思い出した。

「茸毒だけでも、こんなにもあるのだな。あれはニガクリタケであったか。」

(はい。)

細密画に感心した兼良が、何気なくぱらぱらと図録をめくった。
はらりと一葉の、手描きのしおりが落ちた。

(あ……それは。)

「露草か?」

(手すさびにて……。」

草であった時の名を懐かしく思っているのだろうか。

兼良の知る万葉集の一首が、添えてあった。





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