露草の記・参(草陰の露)14
「このお詫びはどうすればよろしいでしょう。」
しばらく考え込んでいた照姫は、ぱっと明るい顔をして義元の前に駆け寄った。
「義元さま。良きことを思いつきました。義元さまには、照の持参した大切なお内裏様を差し上げます。」
(……せっかくのお申し出なれど、……義元は、人形遊びはもう致しませぬよ。)
笑みを浮かべてはいるものの、聞き取れないほど細い声で辞退する義元に、不思議そうな顔をして、くるりと振り返って問う様に秀幸のほうを見た。
「義元の声か?実は義元は、わたしをかばって喉に大怪我をしたせいで、声がままならぬ。」
「戦場での名乗りが、義元の声の聞き納めとなってしまった。」
「まあ……。おかわいそうに。」
ぽろと、不意に大粒の涙が零れた。
「義元さまは御身を投げ打って、照の大切な秀幸さまのお命を、お救い下さったのですね。」
「義元さまに、お礼を申します。この通り。」
好奇心旺盛なだけではなく、気持がどこまでも素直で気立ての良い姫である。
無垢な姫は、真っ直ぐな秀幸に似合いだと思った。
くるくると良く変わる表情は、人懐こい小犬のようで、どこか秀幸に似ているような気がする。
*****
結局しばらくすると、約束どおり照姫は国許から持参した雛人形を持って、自室に戻った義元に届けに来た。
「思ったとおり。義元さまは、照のお雛様に良く似ておいでになります。」
ほら……お内裏様とお似合いじゃと、楽しそうに人形と義元を並べて、悦に入っている。
「いずれ婚儀のときには、お雛さまのお道具も持ってまいります。」
「義元さま。桃の節句には、照と一緒に貝合わせをして、おいしい白酒をいただきましょう。」
(はい……。楽しみにしております。)
元服も終えた5つも上の義元に向かって、照姫は年長の姉のような口をきいた。
大好きな秀幸をかばって喉を痛めたときいて、どうやら、妙な責任感が湧いたようである。
聞こえぬように、そっと秀幸が囁いた。
「おギギ、許せ。」
「照姫は、まだまだ子どもなのだ。」
そういう秀幸の顔も、まだあどけなさの残る15である。
義元は内心一人、苦笑していた。
きっと微笑ましい雛人形のような、夫婦になるだろうと義元は思う。
(お可愛らしい……。若さまにお似合いの、ご気性のまっすぐなお姫様です。)
「うん。義元が気に入ってくれて良かった。」
*****
「あーっ!」
突然にわかに、高い叫び声が上がった。
「……何か、あったか?」
何やら、部屋の外が騒がしく、御付の老女が転がり込んで平伏した。先ほど、はしたないと姫をいさめた老女とは思えない、慌てぶりである。
「ひ、姫さま、申し訳ございませぬ。」
「どうしました。騒々しい。」
「めじろが逃げましてございます。」
「まあ……照の弥太が?」
餌をやるときに、うっかりと老女が逃がしてしまったのだという。
はるばる国許から連れてきためじろは、どうやら弥太と言う名が付いているらしい。
しばらく考え込んでいた照姫は、ぱっと明るい顔をして義元の前に駆け寄った。
「義元さま。良きことを思いつきました。義元さまには、照の持参した大切なお内裏様を差し上げます。」
(……せっかくのお申し出なれど、……義元は、人形遊びはもう致しませぬよ。)
笑みを浮かべてはいるものの、聞き取れないほど細い声で辞退する義元に、不思議そうな顔をして、くるりと振り返って問う様に秀幸のほうを見た。
「義元の声か?実は義元は、わたしをかばって喉に大怪我をしたせいで、声がままならぬ。」
「戦場での名乗りが、義元の声の聞き納めとなってしまった。」
「まあ……。おかわいそうに。」
ぽろと、不意に大粒の涙が零れた。
「義元さまは御身を投げ打って、照の大切な秀幸さまのお命を、お救い下さったのですね。」
「義元さまに、お礼を申します。この通り。」
好奇心旺盛なだけではなく、気持がどこまでも素直で気立ての良い姫である。
無垢な姫は、真っ直ぐな秀幸に似合いだと思った。
くるくると良く変わる表情は、人懐こい小犬のようで、どこか秀幸に似ているような気がする。
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結局しばらくすると、約束どおり照姫は国許から持参した雛人形を持って、自室に戻った義元に届けに来た。
「思ったとおり。義元さまは、照のお雛様に良く似ておいでになります。」
ほら……お内裏様とお似合いじゃと、楽しそうに人形と義元を並べて、悦に入っている。
「いずれ婚儀のときには、お雛さまのお道具も持ってまいります。」
「義元さま。桃の節句には、照と一緒に貝合わせをして、おいしい白酒をいただきましょう。」
(はい……。楽しみにしております。)
元服も終えた5つも上の義元に向かって、照姫は年長の姉のような口をきいた。
大好きな秀幸をかばって喉を痛めたときいて、どうやら、妙な責任感が湧いたようである。
聞こえぬように、そっと秀幸が囁いた。
「おギギ、許せ。」
「照姫は、まだまだ子どもなのだ。」
そういう秀幸の顔も、まだあどけなさの残る15である。
義元は内心一人、苦笑していた。
きっと微笑ましい雛人形のような、夫婦になるだろうと義元は思う。
(お可愛らしい……。若さまにお似合いの、ご気性のまっすぐなお姫様です。)
「うん。義元が気に入ってくれて良かった。」
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「あーっ!」
突然にわかに、高い叫び声が上がった。
「……何か、あったか?」
何やら、部屋の外が騒がしく、御付の老女が転がり込んで平伏した。先ほど、はしたないと姫をいさめた老女とは思えない、慌てぶりである。
「ひ、姫さま、申し訳ございませぬ。」
「どうしました。騒々しい。」
「めじろが逃げましてございます。」
「まあ……照の弥太が?」
餌をやるときに、うっかりと老女が逃がしてしまったのだという。
はるばる国許から連れてきためじろは、どうやら弥太と言う名が付いているらしい。
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