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露草の記・参(草陰の露)19 

その頃、義元は上を下への大騒ぎの城を抜け出し、天然痘が流行る領内を馬で駆け回り、患者を訪ね歩いていた。

秀幸の一大事に駈けつけもせず、何を思ってか見舞いと告げて、何がしかの金子を置く義元は、感染を恐れて家族も近寄らない患者に、直接粥を取らせ薬湯を飲ませて励ました。
義元の細い声に耳元で励まされ、領民はむせんで感激した。

(ここまで発疹が出てしまえば……もう大丈夫じゃ。命は助かる故、気を確かに持っての……。決して諦めてはならぬぞ。)

「はい……はい。」

紅い蘇芳染めの打衣を着て、総髪をなびかせ見舞う義元の姿は、領民に「紅龍さま」と尊敬の念をこめて呼ばれた。
不治の病を恐れず、領民を見舞う義元の姿に、多くの民百姓が元気づけられた。

(済まぬが、傷に……ちと触らせてもらう……。)

「それは……?」

(この病に罹った者が、この膿で助かるかもしれぬのでな……。)

領内を巡る義元は、何を思ってか病の者の膿を小さな木べらで掬い取り、小さな器に入れて持ち帰っていた。
ひた走る義元の胸には、秀幸を病から救う一つの確かな策があった。

*****

義元は草の間に口伝で伝わる秘術の一つを、苦しむ二人に試してみたいと伏して願い出た。

(お願いでございます、父上……。)

(義元の申すことは……武家には向かぬと、お思いかもしれませんが……まずは、これをご覧くださいませ。)

義元は片肌を脱いで、左の肩の傷を見せた。

「傷……?矢傷か?」

(いいえ。実は義元は昔、えんどう瘡(痘瘡)に罹っております。)

「馬鹿な……!」

(その上で、ここにこうして居ります。)

兼良は思わず手を伸ばし、白く滑らかな義元の頬に触れた。

「義元、そのまま横を向いてみよ。」

(……はい。)

よくよく見れば、顎の下あたりに薄い傷跡がある。
兼良はいくつか薄く残る傷痕を指でなぞり、痘瘡の後かどうか確かめた。

死を免れても表皮にひどい痘痕(あばた)を残し、四肢末端に障害や失明などの後遺症が残るはずの、大病に罹ったものとは思えない。

「殆ど、痕が残っておらぬ。これは、どういうことだ?」

(口伝の秘中の秘にて……。草の間でも一部の者しか施術は行いませぬが、義元は子供の自分に養父の術を受けております。)

「その方法とは?」

(肩になるべく深い傷を付け、病気の者から採取したばかりの新しい膿を入れまする。)

「膿だと?馬鹿な……!」

思わず、兼良は声を荒げた。

「いまだかつて、そのような治療法は、聞いたことが無い。」

義元の言葉だったが、さすがににわかには信じられなかった。
何年も諸藩を旅してきたが、そんな話はついぞ聞いたことが無かった。

「義元の言なれど、俄かには信じられぬ。秀幸の身に、賤の者の痘瘡の膿など入れてどうするのだ。重臣はことごとく反対するだろう。」

「旅をしていた頃、あの病に罹った者の膿に蝿がたかり、蛆が肉を食らうのを見たことが有る。そのような物を、秀幸と照姫に使うと言うか。」

義元は必死に、義父に食い下がった。

(虫のたからぬ膿んだばかりの新しいものを使うのです。熱が高く出たばかりのうちに、膿を入れて痘瘡に軽く罹らせてしまうのです。)

懸命に告げようとするが、喉を傷めているので声がもたない。

(このままでは、若さまの……お命に関わります……!義元にとっても、お大切な若さまのお命……。このままむざむざと、儚くなるのを見過ごすわけには参りません……っ。)

(急げば……間に合うと……っ……!ぐっ…………)

酷く咳き込んだ義元の必死の様子に、兼良は毒を盛られたとき、必死に甥を助けようとした姿を再び思い出した。





(`・ω・´) おギギ (若さまを助けたいのです。)

Σ( ̄口 ̄*) 兼良パパ 「そうはいっても、重役たちがなぁ……。もめそうだしな。」

(´;ω;`) おギギ (早くしないと、若さまが~)


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