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露草の記・参(草陰の露)17 

多少、早計であったかも知れぬと、父になった兼良も考えをめぐらせていた。

勢いで養子にしてしまった義元の様子がおかしいと気が付いてはいたが、それほど深刻だとは思っていなかった。

だが先日、天守の屋根でメジロを捕えるとき、トンボを切った姿を誰かが見ていて、「義元さまは、武士にあらず」と藩主に告げたようだ。
さすがに元秀は取り合わなかったが、いつの世も目立つ杭は打たれるのかも知れぬ。

「あれほど、懸命に生きているものを、何故責めるかの……。」

「誠に……。義元は何も求めたりしませぬのにな。」

そう言う兼良と藩主は、行き場の無い寂しい義元を理解していた。

義元……露丸には、もう二度と草として戻る場所はない。金山と引き換えに、陽忍の露丸は死んだと本多が認めた。

*****

本丸にある藩主の部屋からは、広い中庭が見渡せるようになっている。
藩主は兼良を相手に、義元が武芸に励む様子を毎日のように見て知っていた。

姿に見合った小太刀ではなく、兼良が得意な長槍を使えるようになりたいと、懸命に励む線の細い義元が、どこか哀れに思えてならなかった。

元々、敏捷が身上の忍びは、身軽く華奢でなくては務まらない。
太く重い筋肉がつかないように、肩幅が武張らないように、幼い頃から体型に気をつけて過酷な陰の世界に生きてきた忍は、慣れぬ陽の下で苦労していた。

「権勢を誇った太閤殿下も、農民から身を起こしたと言う。おそらく義元と同じ思いをしただろう。」

「出生を偽り、実は高貴な方の御落胤だったとでっち上げなければ生きられないほど、出自が豊臣を苦しめたのだろうよ。」

「義元に、思わぬ苦労をさせてしまいましたな。」

草はそのまま、野に置くべきだったかも知れぬ。手折られた野の花は、しおれる寸前だった。

「今少し様子を見てみよう。」

「はい。長くこの状態が続くようなら、兼良も考えまする。」

藩主の近くにいることで、いろいろ言われるのならいっそ以前のように、諸藩の求めに応じて諸国を巡ることにしようと思うと兼良は告げた。手放す気は毛頭なかった。

*****

父と叔父の交わしたそんな話を耳にして、秀幸は義元を於義丸と呼んで、共に暮らした数年の話を許婚の照姫にした。
義元がいなければ、双馬藩はおそらく改易(お取り潰し)になっていたし、照姫との延びた婚儀も叶うことはなかっただろう。
それ以前に、とうの昔に自分の命すら、元服前に露と消えていただろう……と。

照姫は、義元と共に暮らすつもりでいたから、理解しようと秀幸の語るのを熱心に聞いていた。





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これから話は大きく動きます。 此花咲耶


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