露草の記・参(草陰の露)16
(照姫さま。まっとうな武門は、軽業など……致しませぬ。)
(そのようなことを分かっていて、失念した我が身が情けないのです。義元の行動が……わたしだけではなく、父上に恥をかかせることになって……しまいます。それを思うと、申し訳なく……。)
とうとう堪えきれずに、義元の頬をつっと涙が転がり落ちた。
「照は、義元さまがどんな出自でも構いませぬ。」
「照の大切な秀幸さまのお命をお救い下さり、その上、大事な弥太を捕ってくれたのですもの。」
「綺麗でお優しい義元さま。それは、周囲の皆に感謝されても、そしりを受けるようなことではありませぬ。」
懸命に励まそうとする照姫に、秀幸も深く頷く。
「そうとも。照姫の言う通りじゃ。双馬藩は他の誰でもない、おギギが救ったと父上も思っておいでになる。おギギがいなければ双馬など今頃とうに、国名も藩主もかわっていたかもしれぬ。」
「口さがないものは、皆、おギギの真(まこと)を知らぬ愚かものばかりじゃ。物ごとの上面しか見えない奴など、捨て置けば良い。何が有ってもおギギが双馬を守ったという真実は変わらぬ。」
秀幸はそっと義元の両手を掬い取った。
「良いか?おギギはそのままで変わることなく、いつまでもずっと、わたしの側に控えていれば良いのじゃ。例え天地が鳴動しようと、双馬藩がある限りの。」
(若さま……。)
「武門の仕事は、これからはこの秀幸が致すゆえ、心配は要らぬ。もっとも正直に言うと、わたしよりもおギギの方が、きっと強いと思う。だから傍にいて、これからもわたしを守ってくれ。」
わざと明るく秀幸はそう言うと、声を上げて笑って見せた。
再び零れ落ちそうになるのを堪え、義元は傍に居ると赤い眼で約束した。
(若さま……。)
*****
義元が気鬱に思うのも無理はなかった。
古参の家臣の中には兼良との養子縁組を面白く思わぬ者もいて、通りすがりに大っぴらに聞こえるように、皮肉を言うものもいる。
「名もなき草風情が藩主さまの御縁戚に名を連ねるとは、世も末じゃ。お許しになった御重役がたは一体何をお考えになっておるのか。」
「左様。女子のように見目良いばかりで、まともに口もきけぬと言うではないか。手練れという噂だが、真偽のほどは眉唾じゃな。」
「そこはそれ。他にものを言う場所があるのでござろう。」
「ああ……なるほど、相違ない。朱槍の兼良さまが、思わずぐらつく手練手管がのう。」
くすくすと聞こえよがしに会話した後、気付かなかった体で振り向いた。
「おお……、これは気付かなかったが、義元さま。もう城の務めには慣れましたかな。」
「お務め御苦労さまにございまする。」
ぬけぬけと道を譲って見せた。
義元は頭を下げ、静かにその場を去ったが、下卑た哄笑に血がにじむほど唇を噛んだ。
確かに、身分卑しきものが、主家に望まれて身内となった日には、家臣はどんな相手にも恭しく首を下げねばならない。
それを妬ましく思うのも理解できる。双馬武士の持つ高い自尊心が、理不尽に義元を苦しめていた。
武門の誉れ高い双馬藩にあっては、そぐわぬ身であると、誰よりも義元自身が知っていた。
「……。」
ほっと、高い空を見上げて息を吐く。
小さく見える空を、深い井戸の中から憧憬の目で見つめる蛙になったような気がしていた。
胸の重石は、日ごとに大きくなってゆく……。
(´・ω・`) おギギこと義元 「……悩み中~だもん……」
(*⌒▽⌒*)♪秀幸 「気にするな、おギギ。わたしがついてる。」←役立たず
(〃゚∇゚〃) 照姫 「照もおります~。」←子供~
本日もお読みいただきありがとうございます。
拍手もコメントもありがとうございます。励みになってます。
とてもうれしいです。(〃゚∇゚〃) 此花咲耶
(そのようなことを分かっていて、失念した我が身が情けないのです。義元の行動が……わたしだけではなく、父上に恥をかかせることになって……しまいます。それを思うと、申し訳なく……。)
とうとう堪えきれずに、義元の頬をつっと涙が転がり落ちた。
「照は、義元さまがどんな出自でも構いませぬ。」
「照の大切な秀幸さまのお命をお救い下さり、その上、大事な弥太を捕ってくれたのですもの。」
「綺麗でお優しい義元さま。それは、周囲の皆に感謝されても、そしりを受けるようなことではありませぬ。」
懸命に励まそうとする照姫に、秀幸も深く頷く。
「そうとも。照姫の言う通りじゃ。双馬藩は他の誰でもない、おギギが救ったと父上も思っておいでになる。おギギがいなければ双馬など今頃とうに、国名も藩主もかわっていたかもしれぬ。」
「口さがないものは、皆、おギギの真(まこと)を知らぬ愚かものばかりじゃ。物ごとの上面しか見えない奴など、捨て置けば良い。何が有ってもおギギが双馬を守ったという真実は変わらぬ。」
秀幸はそっと義元の両手を掬い取った。
「良いか?おギギはそのままで変わることなく、いつまでもずっと、わたしの側に控えていれば良いのじゃ。例え天地が鳴動しようと、双馬藩がある限りの。」
(若さま……。)
「武門の仕事は、これからはこの秀幸が致すゆえ、心配は要らぬ。もっとも正直に言うと、わたしよりもおギギの方が、きっと強いと思う。だから傍にいて、これからもわたしを守ってくれ。」
わざと明るく秀幸はそう言うと、声を上げて笑って見せた。
再び零れ落ちそうになるのを堪え、義元は傍に居ると赤い眼で約束した。
(若さま……。)
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義元が気鬱に思うのも無理はなかった。
古参の家臣の中には兼良との養子縁組を面白く思わぬ者もいて、通りすがりに大っぴらに聞こえるように、皮肉を言うものもいる。
「名もなき草風情が藩主さまの御縁戚に名を連ねるとは、世も末じゃ。お許しになった御重役がたは一体何をお考えになっておるのか。」
「左様。女子のように見目良いばかりで、まともに口もきけぬと言うではないか。手練れという噂だが、真偽のほどは眉唾じゃな。」
「そこはそれ。他にものを言う場所があるのでござろう。」
「ああ……なるほど、相違ない。朱槍の兼良さまが、思わずぐらつく手練手管がのう。」
くすくすと聞こえよがしに会話した後、気付かなかった体で振り向いた。
「おお……、これは気付かなかったが、義元さま。もう城の務めには慣れましたかな。」
「お務め御苦労さまにございまする。」
ぬけぬけと道を譲って見せた。
義元は頭を下げ、静かにその場を去ったが、下卑た哄笑に血がにじむほど唇を噛んだ。
確かに、身分卑しきものが、主家に望まれて身内となった日には、家臣はどんな相手にも恭しく首を下げねばならない。
それを妬ましく思うのも理解できる。双馬武士の持つ高い自尊心が、理不尽に義元を苦しめていた。
武門の誉れ高い双馬藩にあっては、そぐわぬ身であると、誰よりも義元自身が知っていた。
「……。」
ほっと、高い空を見上げて息を吐く。
小さく見える空を、深い井戸の中から憧憬の目で見つめる蛙になったような気がしていた。
胸の重石は、日ごとに大きくなってゆく……。
(´・ω・`) おギギこと義元 「……悩み中~だもん……」
(*⌒▽⌒*)♪秀幸 「気にするな、おギギ。わたしがついてる。」←役立たず
(〃゚∇゚〃) 照姫 「照もおります~。」←子供~
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