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平成大江戸花魁物語 1 

洋館の螺旋階段を駆け上り、澄川財閥の直系、11歳の澄川東呉(すみかわとうご)は当主の部屋を訪ねた。

「じいちゃん!ただいま~!」

「おお……東呉。小学校の帰りか?どら焼きがあるから、柳川に茶を入れて貰っておあがり。」

「うさぎやの?美味いよねぇ。お茶位自分で淹れるからいいよ。柳川さんも飲む?」

「ありがとう存じます、東呉さま。お相伴になります。」

慇懃に腰を折った柳川に、座っててと言い置いて、東呉は隣室の簡易キッチンに向かった。
当主である祖父は最近すっかり年老いて、関節リウマチの症状が出始めてからは、この別宅に執事の柳川と共に閉じこもって静養している。

祖父はすっかり年老いてしまったが、その昔は驚くほどの美形だったらしく、今も一部で昔の写真がブロマイドとして高値で売買されていると言う。
確かに食堂に掛けられた若い頃の等身大のモノクロ写真は、東呉も思わずうっとりと見惚れてしまうほどに美しい。けぶる眼差しに晒された写真家が、ファインダー越しにどんな表情で見つめていたか、眺めていると容易に想像がつく。
皇室も御用達の写真家が撮ったらしく、事実は分からないが、当時、対価として指先に触れる許可をもらったらしい。
ほんの少しだけ似ていると言う東呉がお気に入りで、顔を出すと機嫌が良かった。

*****

「東呉。お前は、信じんだろうがな、この東京の地下には、今も戦前のままの巨大な色町が存在するんじゃよ。その当時の建築技術の粋を傾けて、国費で作られたのは明治ご維新の頃だったらしい。」

「え~、まじで~?」

「まじじゃ。」

それは半分ぼけかけた爺様が、時々、回線がつながった時、うわ言のように始める都市伝説の話だ。現実離れした話はまるで物語のようで興味深く、東呉は母の目を盗んではこっそり訪ね祖父の本当かどうかわからない話を聞いた。

「じいちゃん。色町って……時代劇に出てくるところ?」

「そうさな、まるで夢みたいな場所だ。綺麗な男たちがたくさん紅柄格子の向こうに座って客を待ってるんだ。男色をたしなむものには、垂涎の場所だ。選ばれた最上の男だけが、その場所で好みの相手と同衾できるのじゃからな。」

「なんし……?ど、どうきん……って何?」

「お前に判るように言うなら、仲良くべっどいんちゅうことじゃな。」

「おお~。それならおれにもわかるぞ、じいちゃん。それで、じいちゃんは、そこでどうきんしたのか?」

「わしの話は、そのうちにな。花街で働く彼らはお国の為に身体を張った。肌から匂い立つ色香というものは、味わったものしかわからんだろうが、美男の中でも一握りしかいない「花魁」というのが、そこの出世頭でな、どれほど金を積まれても気に入らない相手は何度も袖にした豪傑じゃったぞ。」

「へぇ……。ねぇ、その人の名前とか覚えてる?」

「最高位に居た花魁の名は、代々雪華。触れると溶けてなくなる、儚くも美しい雪の華が名前じゃった。「雪」の他にも、「花」と「月」の字のついた花魁がいたのう。」

「そんな美人なら、おれも一度、逢ってみたかったなぁ。」

「雪華は、誰のものにもならない気位の高い高嶺の花じゃった。なぁ、柳川。」

「そうでございますね、旦那さま。雪華大夫は、例えようのないくらいとても美しい方でした。凜として、そのくせ触れたら壊れそうなほど儚くて……。」

懐かしむ祖父と柳川の顔は、共に華やいで、昔に戻っているようだった。




現実にはありえない設定のお話が始まりました。
平成の時代に、江戸のころの遊郭が存在し、11歳の少年が禿として行儀見習いに入ったら……というお話です。
学校は特例として、二年間の留学扱いになるはずです。
SF設定ではなく、現代の地下にテーマパークのようにして遊郭を作った設定です。
まだ途中なのですが、着地点が決まりましたので連載を始めます。
不定期になるかもしれませんが、しばらくの間、どうぞよろしくお願いします。(`・ω・´) 此花咲耶


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