平成大江戸花魁物語 2
祖父はついと指を指した。
「通行手形が寝台の引き出しに入っているはずだ。捜してみなさい。」
東呉は言われた通り、がさごそとサイドテーブルの引き出しを探った。大量の服用薬の袋の奥に絵馬のような木札がある。これかとかざしたら、祖父は肯いた。
「これはまた、時代がかった代物だねぇ、じいちゃん。色も褪せてるけど、これって今も使えたりして?」
「使えるぞ。柳川に連れて行ってもらうと良い。そろそろお前も、禿になるには良い時期だ。いずれ筆下ろしを済まさねばならんし、花菱楼について話しておかねばならん頃だ。」
「何?日本語がわかんないぞ。」
「本来ならば、栄一郎が伝えるはずだったんだが、あの親不孝者は親より先に逝きおったからな。昔から澄川家の男子は二、三年間、花菱楼へ行くことになっている。留学扱いでな。」
「東呉さま。澄川家では、当主は家督を継ぐ前に、花菱楼で行儀見習いを致します。代々そういうしきたりでございます。」
「へ?」
呆然と呆けたように目を瞠ったまま、東呉は祖父と柳川の顔を代わる代わる眺めた。
「今、色町だの、花街だの、花魁だのと言ってなかった?じいちゃん、ぼけたのか?おれをそんな所にやってどうするんだよ。おれ、普通の小学五年生だぞ。」
本人は普通だと言っているが、実は東呉の学校はエスカレータ式の私立の名門校で、祖父が理事に名を連ねている。しかも、ハイレベルな学力で、世間的にもかなり有名だった。
「人生勉強の一環だと思えばよい。わしも戦後すぐに、柳川を連れて花菱楼で行儀見習いをした。目からうろこが落ちるぞ。」
「まじで?」
「まじじゃ。」
「まじでございます。」
狐につままれたような気持ちで、東呉は祖父の別宅を後にした。
東京の地下は水道やら、地下鉄やら、ケーブルやら張り巡らされて、広大な遊興施設があると聞かされても俄かには信じがたい。
自室に戻り、貰った絵馬のような通行証をまじまじと眺めてみた。古い字体が薄く読める。
「澄川家専用永世通行証……」
ベッドに身体を投げ出して、大きく息を吐いた。
それから思いついて、パソコンに向かうと思い付く限りの単語を羅列して、検索を始めた。
東呉の人生が変わろうとしている。
*****
数日後、東呉は不安げな顔をしたまま柳川に連れられて、車中の人になった。
「ねぇ、柳川さん。行儀見習いって何するの?まさか、花魁の修行とかじゃないよね?いくらなんでも、やだよ……。」
柳川は意味ありげに微笑んだ。
「ご心配には及びません。東呉さまに花魁の資質があるなら、向こうの方から何か言ってくるはずです。柳川の見た所、東呉さまはこの上なく天真爛漫でいらっしゃいますから、禿がお似合いでしょうね。大旦那さまの時は、行儀見習いが終わった後もこのまま是非にと言われて、お断りするのに大変苦労したのです。」
「なんだよ……。それって、もし何も言われなかったら、じいちゃんに負けてるってこと?」
「どうでしょうか。勝ち負けではないと存じます。東呉さまは、サンフランシスコ条約をご存知ですか?」
「敗戦の?社会の課外で習ったよ。」
「旦那さまは、その場に呼ばれておいでになりました。旦那さまがいらっしゃらなければあの時に日本は4分割されていたかもしれません。」
東呉は思わず吹きだした。
「まさか~。じいちゃんどれだけ、力持ってんだよ。」
「おや、ご存じなかったんですか?一回きりという約束で、大旦那さまは御座敷に行かれたんですよ。大江戸に行かれたら、きっとどなたかがお話してくださるでしょう。楽しみになさってください。」
「……」
東呉には想像できなかった。だが、どうやら祖父はかなりの大物らしい。
「ここからは目隠しをしていただきます。」
「え?ここって国会議事堂……?」
「国家機密ですから、例え東呉さまでも、このままお連れすることは叶いません。場所が外部に洩れては困るのです。」
全身を耳にした東呉が連れて行かれた場所は、確かに東京の地下にある地図にはない場所だった。
手を曳かれ、数百メートルも歩いたころ、頬に当たる風の温度が変わったと思った。
下っていたのが平らになり、やがて「着きましたよ。」と柳川がささやいた。
「目隠しを取っていただいて、結構です。」
とうとう、東京の地下にあるという広大な遊郭にやってき東吾です。
これからどんな人と巡り合うのでしょうか……ね~(*´・ω・)(・ω・`*)
(´・ω・`) 東吾「まじ、不安なんですけど~」
「通行手形が寝台の引き出しに入っているはずだ。捜してみなさい。」
東呉は言われた通り、がさごそとサイドテーブルの引き出しを探った。大量の服用薬の袋の奥に絵馬のような木札がある。これかとかざしたら、祖父は肯いた。
「これはまた、時代がかった代物だねぇ、じいちゃん。色も褪せてるけど、これって今も使えたりして?」
「使えるぞ。柳川に連れて行ってもらうと良い。そろそろお前も、禿になるには良い時期だ。いずれ筆下ろしを済まさねばならんし、花菱楼について話しておかねばならん頃だ。」
「何?日本語がわかんないぞ。」
「本来ならば、栄一郎が伝えるはずだったんだが、あの親不孝者は親より先に逝きおったからな。昔から澄川家の男子は二、三年間、花菱楼へ行くことになっている。留学扱いでな。」
「東呉さま。澄川家では、当主は家督を継ぐ前に、花菱楼で行儀見習いを致します。代々そういうしきたりでございます。」
「へ?」
呆然と呆けたように目を瞠ったまま、東呉は祖父と柳川の顔を代わる代わる眺めた。
「今、色町だの、花街だの、花魁だのと言ってなかった?じいちゃん、ぼけたのか?おれをそんな所にやってどうするんだよ。おれ、普通の小学五年生だぞ。」
本人は普通だと言っているが、実は東呉の学校はエスカレータ式の私立の名門校で、祖父が理事に名を連ねている。しかも、ハイレベルな学力で、世間的にもかなり有名だった。
「人生勉強の一環だと思えばよい。わしも戦後すぐに、柳川を連れて花菱楼で行儀見習いをした。目からうろこが落ちるぞ。」
「まじで?」
「まじじゃ。」
「まじでございます。」
狐につままれたような気持ちで、東呉は祖父の別宅を後にした。
東京の地下は水道やら、地下鉄やら、ケーブルやら張り巡らされて、広大な遊興施設があると聞かされても俄かには信じがたい。
自室に戻り、貰った絵馬のような通行証をまじまじと眺めてみた。古い字体が薄く読める。
「澄川家専用永世通行証……」
ベッドに身体を投げ出して、大きく息を吐いた。
それから思いついて、パソコンに向かうと思い付く限りの単語を羅列して、検索を始めた。
東呉の人生が変わろうとしている。
*****
数日後、東呉は不安げな顔をしたまま柳川に連れられて、車中の人になった。
「ねぇ、柳川さん。行儀見習いって何するの?まさか、花魁の修行とかじゃないよね?いくらなんでも、やだよ……。」
柳川は意味ありげに微笑んだ。
「ご心配には及びません。東呉さまに花魁の資質があるなら、向こうの方から何か言ってくるはずです。柳川の見た所、東呉さまはこの上なく天真爛漫でいらっしゃいますから、禿がお似合いでしょうね。大旦那さまの時は、行儀見習いが終わった後もこのまま是非にと言われて、お断りするのに大変苦労したのです。」
「なんだよ……。それって、もし何も言われなかったら、じいちゃんに負けてるってこと?」
「どうでしょうか。勝ち負けではないと存じます。東呉さまは、サンフランシスコ条約をご存知ですか?」
「敗戦の?社会の課外で習ったよ。」
「旦那さまは、その場に呼ばれておいでになりました。旦那さまがいらっしゃらなければあの時に日本は4分割されていたかもしれません。」
東呉は思わず吹きだした。
「まさか~。じいちゃんどれだけ、力持ってんだよ。」
「おや、ご存じなかったんですか?一回きりという約束で、大旦那さまは御座敷に行かれたんですよ。大江戸に行かれたら、きっとどなたかがお話してくださるでしょう。楽しみになさってください。」
「……」
東呉には想像できなかった。だが、どうやら祖父はかなりの大物らしい。
「ここからは目隠しをしていただきます。」
「え?ここって国会議事堂……?」
「国家機密ですから、例え東呉さまでも、このままお連れすることは叶いません。場所が外部に洩れては困るのです。」
全身を耳にした東呉が連れて行かれた場所は、確かに東京の地下にある地図にはない場所だった。
手を曳かれ、数百メートルも歩いたころ、頬に当たる風の温度が変わったと思った。
下っていたのが平らになり、やがて「着きましたよ。」と柳川がささやいた。
「目隠しを取っていただいて、結構です。」
とうとう、東京の地下にあるという広大な遊郭にやってき東吾です。
これからどんな人と巡り合うのでしょうか……ね~(*´・ω・)(・ω・`*)
(´・ω・`) 東吾「まじ、不安なんですけど~」
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