平成大江戸花魁物語 5
ねぇ……と初雪が六花をつつき覗き込んだ。
「六花はどこの子?現(うつつ)での暮らしぶりを教えてよ。名前とかさ。」
「あ……の。」
「初雪、およし。ここでは現の世界の事は詮索しない決まりだよ。わかっているだろう。」
「あ~い。」
叱られても初雪は屈託がない。
「そうだ、雪華兄さんにも聞きたいことが有るの。油屋の王子さまに落籍(ひか)されるって本当なの?雪華兄さんがいなくなったら、大江戸一番の花菱楼はどうなるんだろうって、禿達が噂してたんだけど。」
初雪は大事にしているお猿のぬいぐるみを足の間に挟んで、雪華にもらったお干菓子を口にぽんと放り込んだ。
色づくように染められた薄紅の陰茎が、薄い陰りの中から顔を出してちらちらと覗くのがなまめかしい。六花はどうにも目のやり場に困っていた。
どう頼んでも、お振袖の下に下ばきは履かせてもらえなかった。
初雪は、雪の深い田舎から花菱楼へ年季奉公で入ったと言う。噂では初雪の父親には恐ろしいほどの借金があって、つてを頼って見目良い息子をこの町に寄越したらしい。高級娼夫として、高く売れる手練手管を身につけさせるためだけに、花菱楼に連れて来られた初雪を傍に置き、雪華は可愛がっていた。
「最初は辛いこともあるだろうが、諦めずに励むんだよ。最高位の花魁になれば、望む自分に成れるんだからね。自分の力でてっぺんを掴むんだ。」
「あい。いつかは、雪華兄さんのように。」
大江戸に連れて来られた時には自暴自棄となり、何もかも諦めていた初雪は雪華の言葉にいつしか顔を上げた。
「そうとも。兄さんが手伝ってあげるから、泣かずにお励み。決して大人の都合に潰されるんじゃないよ。おまえの人生は、薄情な父親のものじゃない。まるごとおまえのものなんだよ。」
花菱楼で禿になった日、そんな会話を交わしたのだと言う。
初雪は年の割にまだ幼さの残る少年ではあったが、既に父親の意向で、年が明けたら振袖花魁となり大枚と引き換えに、どこぞの御大尽に初花を捧げる事になっていた。
ごくまれに、通行証を持っている家が没落するとこういう事もあった。戦後には没落華族の子弟が、家財道具を売り払った後、似たような目に遭ったと言う話だったが、本当かどうか真偽を確かめるすべはない。
「ほら、初雪。お菓子をこぼしちゃ駄目だよ。振袖新造の天華(てんか)兄さんが、そろそろいらっしゃるよ。」
「きゃあ~。ぼく、天華兄さん苦手だもん~。直ぐに怒ってばかりでありんすぇ。」
「だれがだ。妙な廓言葉を使うんじゃない。」
両手に山ほど胡蝶蘭の花を抱えて、振袖新造の天華はため息を吐いた。
「雪華兄さん。ほら、王子さまから、贈り物が届いてますよ。遺伝子操作で咲かせた世界に一本しかない青い胡蝶蘭ですって。豪気なことですねぇ。これ一本でも、何千万円もするんでしょう?」
「さあねぇ……。陽の射さないこの街に、花なんぞ届けてどうするんだろうね。」
「つれないなぁ……。一度くらい、あの方に顔を見せてあげてくれませんか?代わりにお相手をするのはいいですけど、期待させておいて何度も肩すかしを食わせるのは、さすがにちょっと可哀想になってきましたよ。……つか、それが新しい禿の子ですか?」
不意に言われて、東呉はただ頭を下げるしかなかった。
「よ……よろしくお願いいたしま……すでありんす。」
「ぷ。何でぇ、その言葉遣い。」
破顔した天華もまた、抱えた胡蝶蘭に負けない位の、冴え冴えとした美貌だった。
「無理しなさんな。行儀見習いだろう?初雪は店に出るから仕込みもいるが、お前はお客さんみたいなものだ、やることをみてりゃいい。」
ただし……と天華は声を落とした。
「初雪に同情するのはいいが憐れんだりはするなよ。おまえよりもほんの少しだけ早く、生きてく生業を身につけるだけだ。幸か不幸かは、他人が決めるもんじゃないからな。」
「は……あい。」
「どれ、おまえのお道具を見せてみな。」
「きゃあ~!!」
天華は六花の着物の裾をひらとまくった。
化粧師の手によって、染められた少年の薄紅色の形に手を添えて、ゆるく扱く。
「半分皮かむりか。まあ、そのうち暇な時に剥いてやろう。」
六花はほうずきの色に染まった顔を覆った。
「天華。虐めるんじゃないよ。手つかずだ。」
「可愛いねぇ。つるっつるの土手何ざ久しぶりに拝んだよ。」
(つд⊂)六花「きゃあ~」
(*⌒▽⌒*)♪天華「可愛いねぇ。」
本日もお読みいただきありがとうございます。拍手もポチもありがとうございます。
励みになってます。(〃▽〃) 此花咲耶
「六花はどこの子?現(うつつ)での暮らしぶりを教えてよ。名前とかさ。」
「あ……の。」
「初雪、およし。ここでは現の世界の事は詮索しない決まりだよ。わかっているだろう。」
「あ~い。」
叱られても初雪は屈託がない。
「そうだ、雪華兄さんにも聞きたいことが有るの。油屋の王子さまに落籍(ひか)されるって本当なの?雪華兄さんがいなくなったら、大江戸一番の花菱楼はどうなるんだろうって、禿達が噂してたんだけど。」
初雪は大事にしているお猿のぬいぐるみを足の間に挟んで、雪華にもらったお干菓子を口にぽんと放り込んだ。
色づくように染められた薄紅の陰茎が、薄い陰りの中から顔を出してちらちらと覗くのがなまめかしい。六花はどうにも目のやり場に困っていた。
どう頼んでも、お振袖の下に下ばきは履かせてもらえなかった。
初雪は、雪の深い田舎から花菱楼へ年季奉公で入ったと言う。噂では初雪の父親には恐ろしいほどの借金があって、つてを頼って見目良い息子をこの町に寄越したらしい。高級娼夫として、高く売れる手練手管を身につけさせるためだけに、花菱楼に連れて来られた初雪を傍に置き、雪華は可愛がっていた。
「最初は辛いこともあるだろうが、諦めずに励むんだよ。最高位の花魁になれば、望む自分に成れるんだからね。自分の力でてっぺんを掴むんだ。」
「あい。いつかは、雪華兄さんのように。」
大江戸に連れて来られた時には自暴自棄となり、何もかも諦めていた初雪は雪華の言葉にいつしか顔を上げた。
「そうとも。兄さんが手伝ってあげるから、泣かずにお励み。決して大人の都合に潰されるんじゃないよ。おまえの人生は、薄情な父親のものじゃない。まるごとおまえのものなんだよ。」
花菱楼で禿になった日、そんな会話を交わしたのだと言う。
初雪は年の割にまだ幼さの残る少年ではあったが、既に父親の意向で、年が明けたら振袖花魁となり大枚と引き換えに、どこぞの御大尽に初花を捧げる事になっていた。
ごくまれに、通行証を持っている家が没落するとこういう事もあった。戦後には没落華族の子弟が、家財道具を売り払った後、似たような目に遭ったと言う話だったが、本当かどうか真偽を確かめるすべはない。
「ほら、初雪。お菓子をこぼしちゃ駄目だよ。振袖新造の天華(てんか)兄さんが、そろそろいらっしゃるよ。」
「きゃあ~。ぼく、天華兄さん苦手だもん~。直ぐに怒ってばかりでありんすぇ。」
「だれがだ。妙な廓言葉を使うんじゃない。」
両手に山ほど胡蝶蘭の花を抱えて、振袖新造の天華はため息を吐いた。
「雪華兄さん。ほら、王子さまから、贈り物が届いてますよ。遺伝子操作で咲かせた世界に一本しかない青い胡蝶蘭ですって。豪気なことですねぇ。これ一本でも、何千万円もするんでしょう?」
「さあねぇ……。陽の射さないこの街に、花なんぞ届けてどうするんだろうね。」
「つれないなぁ……。一度くらい、あの方に顔を見せてあげてくれませんか?代わりにお相手をするのはいいですけど、期待させておいて何度も肩すかしを食わせるのは、さすがにちょっと可哀想になってきましたよ。……つか、それが新しい禿の子ですか?」
不意に言われて、東呉はただ頭を下げるしかなかった。
「よ……よろしくお願いいたしま……すでありんす。」
「ぷ。何でぇ、その言葉遣い。」
破顔した天華もまた、抱えた胡蝶蘭に負けない位の、冴え冴えとした美貌だった。
「無理しなさんな。行儀見習いだろう?初雪は店に出るから仕込みもいるが、お前はお客さんみたいなものだ、やることをみてりゃいい。」
ただし……と天華は声を落とした。
「初雪に同情するのはいいが憐れんだりはするなよ。おまえよりもほんの少しだけ早く、生きてく生業を身につけるだけだ。幸か不幸かは、他人が決めるもんじゃないからな。」
「は……あい。」
「どれ、おまえのお道具を見せてみな。」
「きゃあ~!!」
天華は六花の着物の裾をひらとまくった。
化粧師の手によって、染められた少年の薄紅色の形に手を添えて、ゆるく扱く。
「半分皮かむりか。まあ、そのうち暇な時に剥いてやろう。」
六花はほうずきの色に染まった顔を覆った。
「天華。虐めるんじゃないよ。手つかずだ。」
「可愛いねぇ。つるっつるの土手何ざ久しぶりに拝んだよ。」
(つд⊂)六花「きゃあ~」
(*⌒▽⌒*)♪天華「可愛いねぇ。」
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