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落日の記憶 18 

「もう……現にはわっちの身内はおりんせん。とうに……亡くなったと思っておりんす。」

雪華花魁は不思議だった。誰にも秘密にしていたことを、なぜこの子は知っているのだろう。

「だれかがお前に話をしたかい?もしや……本郷の宮さんが袖を引いて、お前の耳に入れたかい?男衆には決して、あの方を取り次がないように、きつく言い置いたのだけれど。」

「いいえ。実は……わっちは足を怪我したときに、三途の渡しまで行きんした。お父さまとお母さまは、お前の来るところではないとおっしゃって、光尋お兄さまも……帰ってわたしの大切な雪華によろしくいってくれと申しました。お三方とも、姿はおぼろげで、既にこの世のものではないと思いんした。きっと、あれがわっちと身内の今生の別れでありんしょう。」

「そうだったのか……。確かに知らせが届いたのは、ちょうどあのころだったよ。わっちの一存で話を止めたんだ。お前の親御さんは、本復しない光尋様と最後に残った御屋敷で無理心中なさったんだそうだよ。殆どの財産を、お国に物納して、残った美術品などは二束三文で買いたたかれたそうだよ。進退窮まったのだろうね。お気の毒に。」

「あい。華族制度が無くなって、疲れ果てておりんしたから……。」

「三途の渡しで、光尋様は……お前にわっちの事を、わたしの大切な……とおっしゃったのかい?」

「あい。光尋お兄さまは、足の大怪我で気鬱になっていらっしゃいましたが、最後に病院へお見舞いに行ったときには、少しの間ですが話が出来たのです。わっちが欧羅巴に遊学すると言いましたら、一番大切なものだよとおっしゃって、一葉の写真を下さいました。ここに、肌身離さず持っておりんす。」

「どぅれ。……これは……」

間夫(恋人)の写真を見つめる雪華の頬を、はらはらと零れてゆくものがあった。これまで、間夫の代わりにささめを守る為、隠してきた秘密の重い枷がやっと取れた、安堵の涙だったかもしれない。
いつか、出征の時に記念にと、料亭の一室で写真師に撮らせた……雪華と光尋が共に並んだ写真だった。雪華花魁も、同じものを肌身離さず大切に持っていた。

「ああ……御懐かしい……光尋様。凛々しくてお勇ましくてお優しい、わっちのただ一人の真の間夫でありんした。お傍に居ることも叶わぬ卑しき身の上なれど、わっちには生涯ただ一度、本気の恋でありんした。勿体無い……光尋様はわっちの事を、こんなにも思っていて下すったのだね。」

「あい。光尋お兄さまは、お見舞に行った時にもわたしの大切な雪華……と何度もおっしゃいました。……三途の渡しでも、同じように。」

「そうかい……うれしいねぇ。菩提はわっちがきちんと弔って、月命日には御膳を供えている。三年の法要も済ませたよ。ただね……ささめ。可哀そうだが墓参りは現に帰ってのことだよ。御位牌はわっちの部屋にお祀りしてあるから、後でおいでなんし。」

「あい。わかっておりんす。ささめは借金のある身ですから、年季が明けるまで大江戸からは出られません。お世話になった花菱楼のお父さんや雪華兄さんのお顔に泥を塗らないように、今日よりきちんと励んで参りんす。」

目許を華やかに染めた細雪は、今日からは花菱楼の二枚看板となる。
衣擦れの音をさせて、しずしずと登楼してくる澄川を待つために部屋へ急ぐ細雪は、凛とした横顔を見せていた。
見送る雪華が思わず口にした。

「まだ、16……もう16。澄川さま、わっちの大事な弟を、どうぞよろしくお願いいたしんす。」




(´・ω・`) 雪華「光尋様……」

(´;ω;`) ささめ「お父さま……」

本日もお読みいただきありがとうございます。此花咲耶


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