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落日の記憶 21 

高級娼館花菱楼でも、時々は一人の男女郎を奪い合って客通しが喧嘩沙汰になったりもする。
酔客は大門で断りを入れるが、中で飲んだ分にはどうしようもない。
そんな時は花菱楼の男衆が自警団として、ならず者は直ぐに処断する。場合によっては、現の警察に突き出すこともある。

だが聞こえて来たのは、どうやらそんな雰囲気ではなく、まっすぐ細雪花魁に向けられたものだった。
聞き覚えのある声で現での名前を呼ばれ、思わず細雪は部屋の内側で耳を覆い、身を固くした。

「基尋、どこだーーーっ!」

「本郷の宮様の声……」

「知っているぞ!今日、ここで基尋を水揚げさせるつもりだろう。俺が何の為にあいつをここへ連れて来たと思っているんだ。出てこい、基尋――!伯父さんが助けにきてやったぞ!」

大勢の男衆が、寄ってたかって上に上げさせないよう、本郷の宮……今は宮家を失ってただの本郷という苗字の男を阻んでいる。

「本郷様。あれほど酷いことをしておいて、何で今更こんな所までお越しになったのです……!どうか、お帰り下さい!」

「基尋の小姓風情が……邪魔だてするな!」

「きゃあーーっ!」

両手を広げて立ちはだかった浅黄を、本郷の宮は張り飛ばした。浅黄は階段に叩きつけられた。

「浅黄っ!本郷さん、大人げないじゃないか。こんな子供に何をする。」

聞こえた澄川の声に、思わず細雪は襖に手を掛けた。

「こら。出て来るんじゃないよ!話はわっちがつけるから、細雪は引っ込んどいで。」

白い指がぴしゃりと音を立てて、再び襖を閉めた。

「あい……でも……雪華兄さん。」

「お前はわっちの大事な弟分だ。忘れるんじゃないよ。」

仕方なく細雪は再び部屋の内にこもって、聞き耳を立てるしかなかった。

*****

「本郷の宮様。おいでなんし。花菱楼へご登楼なすったことはありんせんが、うれしゅうございんす。大きなお声が聞こえて来たので何事かとおもいんした。」

「雪華……太夫か。」

「今日はわっちは休業日でございんす。しきたりは稼業の時ばかりにして、わっちの部屋で一献いかがです?」

「おまえと?」

「あい。現では飛ぶ鳥を落とす勢いの、お大尽(金持ち)の本郷様。お噂はこの雪華も聞いておりんす……お近づきのしるしにわっちの客として、花菱楼へ登楼なさいまし。さ……」

雪華花魁は、本郷の腕を取った。しかし、したたかに酔った本郷は聞き入れなかった。

「いや……、ここへはお前と話をするために来たんじゃない。基尋を出せ。ここに連れて来い。今日が水揚げの日だと分かっているんだ。澄川が買ったんだろう?俺は、今日の日をずっと待っていたんだ。なぁ、あんたが花菱楼の雪華花魁なら、楼主に口を継いでくれ。俺はあいつの水揚げをしたい。金ならいくらでも出す。」

「一体誰が細雪の水揚げの話を、お耳に入れたんでありんすか?……」

「ふん。俺に判らないことなど何もないのさ。口を割らすには銭で、頬の一つも張ってやるといいんだ。」

雪華花魁の眉が曇る。
おそらく、裏木戸で番をする男衆かやり手に金を握らせて、話を聞き出したのに違いない。

雪華は、傷は癒えたとはいえ、季節の変わり目や冷えた日には、時々痛む足をさする細雪を見ていた。本郷は花菱楼へ入った初日、「やり手」に金を掴ませて、基尋を散々に脅した。
恐ろしい場所から救う菩薩を演じ、恩を着せるつもりだったのだろうが、細雪は気付いた雪華に救いだされて無事だったのだ。気付かなければどんなことになっていたか分からない。

諦めていなかったのかと、本郷の執拗さに怖じて思わず肌が粟立った。
必ず守り切って見せようと、今は亡き間夫を心に浮かべた。




(´・ω・`) 細雪 「どうしよ~。こわい人、来ちゃったよ~」

(`・ω・´)雪華 「どんなことをしても、細雪はわっちが守りんす。」

本日もお読みいただきありがとうございます。此花咲耶


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