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落日の記憶 25 【最終話】 

現の帝大病院の外科に担ぎ込まれた雪華は、すぐに緊急手術を受けた。

弾は貫通していたが、至近距離から撃たれた為に傷は大きく、縫合に時間がかかり澄川の血が輸血された。
本郷はGHQに賂(まいない)を贈り、多くの仕事を手に入れたらしいが、澄川もまた大物実業家として進駐軍上層部と付き合いがあった。
澄川が手を尽くし、希少なペニシリンを手に入れたおかげで、傷も膿むことなく雪華は無事本復したという。

雪華花魁の現での名前は、矢嶋真次郎(やじましんじろう)という。
相場で身代を失い首をくくった父親の借財を引き受けて、わずか9歳で禿として花菱楼に入ったのだと澄川から話を聞き、基尋は雪華の悲しい過去に涙した。

入院した病院では女形の役者だと言うふれこみで、多くの看護婦が詰めかけ様子を見に来た。薄く微笑む真次郎の傍に居る基尋は、その弟だと名乗った。花魁修行のせいで、どこか雰囲気の似ている二人だった。

そして、退院の日。
車で迎えに来た澄川は、柏宮の旧別荘へと二人を伴った。
実際は旧柏宮家を手に入れるべく手段を尽くしたが、本邸は既にホテルとして売却され、工事が始まっていたらしくどうしようもなかった。

「さあ、今日からここが、我々の家だよ。」

「それとね、二人に話が有るんだ。」

照れたように、二人を養子にすることにしたと打ち明ける澄川は、どこか子供のようで不思議な気がする。二人はなんと返事をすればいいか、困って顔を見交わした。

「……」

「もう、決めたんだよ。それとも二人は、私が父親になるのは嫌かい?雪華……真次郎には既に私の血が流れているんだよ。輸血だがね。それに基尋は、元々弟分じゃないか。基尋の兄さんは真次郎の良い人だったんだ、本当の弟になって一緒に暮したら、兄さんも安心して喜ぶんじゃないかと思うがね。どうだい、基尋?」

「あまりに思いがけないお話で……驚いたのです。本当に夢のようなお話ですもの。雪華さん……真次郎さんと一緒に暮せるなんて。」

驚くことはない、もうすぐ浅黄も着くころだと、澄川は笑った。基尋の借金は、肩代わりしてとうに雪華が払っている。甘やかしては為にならないから落籍はしないのでありんすと、口では言いながら、突出しも皆、澄川に名を借りて拵えも雪華が揃えたのだと言う。

「澄川さん。それは、この子には内緒ですよと言ったじゃありませんか。」

「はは……そうだったね。世間がわからないまま、大人になるのはよくない、とか口では言いながら、雪華に甘やかされて、結局無垢のまま花菱楼から出て来てしまったね。基尋……、大江戸広しと言えど、客と同衾したことの無い花魁なんぞは、おそらくお前さんだけだろうよ。」

基尋は静かに肯いた。兄の愛した人の、深く温かい無償の愛に守られていると感じていた。
新しく出来た現の家族を大切にしようと思う。
激動の時代の中、どこにいても誰かの手が差し伸べられる自分は、誰よりも果報者だと思った。澄川と真次郎の姿が、溢れる涙でぼんやりと滲んだ。

この後、澄川はサンフランシスコ条約締結の場へ息子二人を同道し、その折に彼らは故国への思いをとうとうと語ることになる。
経済界にその名を知られた澄川は、やがて養子二人に財産を譲り、澄川財閥創始者として名を残した。

時はめぐり、澄川の名を継いだ基尋も伴侶を得、やがて一人息子をもうけた。息子は結婚後、病を得たが基尋にとっては目に入れても痛くない孫を一人残した。
一粒種の名を、澄川東呉という。

「じいちゃん。寝たのか?最近、よく寝るよな~。」

「お話をたくさんされましたから……お疲れになったんですよ、東呉さま。」

「うん。そうだね。じいちゃんにも歴史ありだ。ゆっくり休ませてあげて、柳川さん。又会いに来るから。」

「はい。旦那様は、東呉様とお話されるのが、何よりもお好きですから……」

「じいちゃんが、まさか花魁だったとはね~、驚いたよ。きっとすごく綺麗だったんだろうね。写真撮っておいてくれたら良かったのに。」

「そうですねぇ。旦那様は雪華花魁に負けず劣らず、白百合のように清廉なお姿でしたよ。それはもう美々しい花魁でしたねぇ……」

柳川はブラインドから差し込む西日に目を細めた。

落暉(らっき)。
太陽が沈もうとしていた。



                           ― 落日の記憶 (完)―




長らくお読みいただき、ありがとうございました。(〃゚∇゚〃)

じいちゃんの驚きの過去話でした。
荒唐無稽なお話にお付き合いいただきありがとうございます。時間が無くなってしまったのですが、挿絵を描きたかったです。
そのうち暇を見て、描きたいと思います。(`・ω・´)←ほんとか~
しばらく、HPをほったらかしでしたので、手を入れたいと思います。

バレンタインの可愛いお話を書くつもりです。
では、また新しいお話でお目にかかりたいと思います。(*⌒▽⌒*)♪ 此花咲耶


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2 Comments

此花咲耶  

ちよさま 

わ~い♡コメントありがとうございまっす。(*⌒▽⌒*)♪

> 幼少期に苦しい時代に翻弄されてしまった
> 基尋。

まるで、嵐の海でもまれる小舟のような基尋君です。(´・ω・`)

> でも、澄川や雪華(もちろん浅黄もね!)に
> 見守られながら、
> 凛とした心意気を見せて成長した細雪。

あい。(`・ω・´)運命を受け入れて、その中でできる限り自分らしくと思いました。
ちよさんに伝わっていて、とても嬉しいです~……(〃゚∇゚〃)
>
> 辛く、苦しい事を乗り越えた人の努力は、 昨日までの不可能を、
今日には可能にしてしまうパワーがあるのでしょうか…。
>
苦労の先には、きっと明るい明日が見えるはず……です。諦めない主人公が好きです。(〃゚∇゚〃)

> 柏宮家だけではなく、澄川家としての
> 家族ができたなんて、此花さま、まじでいじめっこさんじゃなかった~\(^^)/

(*⌒▽⌒*)♪ほら、このちんハピエン主義だもん~。
いじめっこじゃないし~(`・ω・´)
>
まじで…ステキなお話をありがとうございました!!

(〃^∇^)ちよさんに、じいちゃんの口癖がうつってる~
こちらこそ、「まじ、ありがとうございまっす!(`・ω・´)」

書ききれないではしょった場面も多いのですが、此花の思う主題が伝わったようで、本当にうれしいです。
コメントありがとうございました。(*⌒▽⌒*)♪

2013/01/29 (Tue) 08:01 | REPLY |   

ちよ  

幼少期に苦しい時代に翻弄されてしまった
基尋。
でも、澄川や雪華(もちろん浅黄もね!)に
見守られながら、
凛とした心意気を見せて成長した細雪。

辛く、苦しい事を乗り越えた人の努力は、
昨日までの不可能を、
今日には可能にしてしまう
パワーがあるのでしょうか…。

柏宮家だけではなく、澄川家としての
家族ができたなんて、
此花さま、まじでいじめっこさんじゃなかった~\(^^)/

まじで…ステキなお話をありがとうございました!!



2013/01/29 (Tue) 00:06 | REPLY |   

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