落日の記憶 24
年齢に似合わない細身の背広は、澄川からの贈り物という事だったが、今は疑問を抱く間もなく、湯を使い化粧を落とした。
浅黄が時折鼻をすすりながら、支度を手伝ってくれた。仕立ての良いもので寸法も合っていた。
「お父さん。支度が出来んした。」
「細雪。今からは名前をここに返してもらうよ。」
「?……あの……わっちはまだ年季が明けておりんせん。」
「もういいんだ。鏡をご覧。その姿に、花魁の名前は似合わないよ。今日からお前は、ここへ来た時の名前を名乗るんだ、いいね。もっとも、柏宮家はもうなくなってしまったから、お前の戸籍上の名は柏基尋という事になる。」
「あ……はい。」
基尋……という名は、使わなくなって久しい。いつしか、ささめという名に慣れてしまっていた。
「すべて雪華と澄川さまが相談して決めたことだよ。お前の亡くなった父上と兄上に礼を言うんだね。」
「お父様と、お兄さま……に?」
雪華と兄の事は知っていたが、澄川と父も何か繋がりがあったという事なのだろうか?だが、楼主は、いつか機会が有ったら自分で聞いてみると良いとだけ伝えて、そのまま基尋を裏門へと送った。
「元気でおやり、細雪。現ではここでのことは他言無用だ。全て澄川さまがお話下さるだろうが、雪華によろしくいってくれ。花菱楼は雪華花魁のおかげで、どこまでも安泰だとね。」
「あ……はい。ありがとうございました。長々お世話になりました。ここでの暮らしを忘れたりは致しません。いつか、きっとお礼に参ります。」
楼主はふっと破顔した。
「そうだね。いつかお前の子供でも孫でも、行儀見習いにお寄越し。きっとだよ。」
「はい。いつか。」
無垢のままの基尋に優しい眼差しが向けられる。
*****
「ちょっ……ちょっと待て、爺ちゃん。それって、おれ……?」
「ぐ~……」
「こら~!寝た振りするな~~!」
澄川東呉は眠りに入ろうとする祖父を揺すった。
「爺ちゃんってば!そこで寝ちゃ駄目だって。撃たれた雪華さんは、それからどうなったのさ。ねぇってば。」
「うるさいやつめ。こういう物語はいつもハッピーエンドと決まっておる、なぁ、柳川。」
真面目くさった柳川が同意した。
「左様でございますね。いいところで終わるのも、今後の楽しみかもしれませんよ。」
「なんだよ、柳川さんまで。……つかさ、食堂に掛けてある爺ちゃんの若い頃の写真って、その頃に撮ったの?」
「さあなぁ……昔の事だから、忘れました。自分、まじで年寄りなんで。」
「も~~!爺ちゃん~。都合のいい時ばかり、年寄りになるんだから。」
祖父と柳川は、結局笑いながら話の続きをしてくれた。
おそらく、あと一話で終わる予定です。(`・ω・´)
(〃゚∇゚〃) 本日もお読みいただきありがとうございます。此花咲耶
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