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落日の記憶 12 

……基尋は、白く靄(もや)のかかった広い庭を歩いていた。
人影はなかった。
見えない足元はふわふわとしていて、まるで伸びた芝の上を歩いているような気がする。丈の短い五色の撫子の花が、こんもりと群れになって所々で咲いている。

「若さま~!若さま~……」

「……浅黄……どこなの?」

振り返っても、そこには小姓の浅黄はいない。

「おかしいなぁ……浅黄はどこにいるんだろう。一緒に、花菱楼にやって来たのに……」

おお~~い……と、遠くで知っている声が基尋を呼ぶ。

「え?お父様……?どうして、こんなところにいらっしゃるのですか?ここは、どこなのでしょうか?」

『……基尋。お前の行くのは、こちらではないよ。そら、浅黄が泣いているから、声のする方へお行き。』

「お父さま、ここはどこなのでしょうか?ぼくは大江戸の花菱楼にいたはずなのですけれど……。」

『そうか、そうか。お父さまもお母さまも、光尋お兄さまもきっと基尋が幸せになれるようにここで祈っているからね。』

「はい。早くお父さま達とご一緒に暮せるように、基尋は精一杯がんばります。ああ、良かった。光尋お兄さまのお怪我はもう良くなったのですね?足はもう痛みませんか?」

傷口から細菌が入り、もしかすると足を切り落とすことになるかもしれないと、基尋は聞かされていた。見つめる兄の足は、ちゃんと二本揃っている。兄は優しい微笑みを浮かべ、頷いた。

「良かった。」

ふっと不意に、父母と兄の姿が揺らいだ。

「お父様?……お母さま?、光尋お兄さま……?どうなさったのです?これは……基尋の夢なのでしょうか?」

『そら、浅黄が呼んでいるよ……』

『早くお行き、基尋。……わたしの大切な雪華によろしく言ってくれ。』

「……光尋お兄さま……お父さま……お母さまぁ……お待ちください。基尋も……あっ!」

消えゆく姿を追って、必死に追おうとしたら足が動かなかった。

「あっ、痛っ……!!」

転びかけて伸ばした手を誰かが掴む。

「若さま!……ああ、良かった。お気づきになられた!」

「浅黄?……お父さまとお母さまは?光尋お兄さまは……?」

ぐるりと周囲を見回して、そこが自分の知る場所ではないと気づく。調度も壁紙は花鳥の華やかな物だ。明かりとりの丸い窓には、異国の豪奢な色ガラスが入っていた。

「夢を見たんだね……。お前は足に怪我をして、気を失ってしまったんだよ。気付くのが遅くなってすまなかったね。出血がひどくて、大変だった。」

そう聞くと、ぴりと痛みが走った。左足に白い包帯が巻かれている。

「しばらく不自由だろうが、怪我が治るまでは辛抱して養生するんだよ。」

「……雪……華さん……?」

「あい、御久しゅうございます。柏宮の若さま。花菱楼の雪華でありんすよ。」

あの日のように、雪華がしなを作って笑いかけた。
不意に基尋の喉が、ひゅっと嗚咽を発した。
自分が何処に来たのか思い出したのだった。

「……う……っ」

雪華の視線は優しかった。

「よしよし……。もう、安心おし。光尋様に代わってお前のことはきっとこの雪華太夫が、守ってあげようよ。」

「……ぅああぁ~~ん……うあ~ん……」

緊張の糸がぷ釣りと切れてしまった基尋は、まるで幼児のように雪華花魁の胸で声を上げて泣いた。
涙は長く止まらなかった。これほど涙にくれたことはない。小姓の浅黄も、基尋の運命を思い、傍で共に静かに涙を拭い泣いていた。

雪華花魁の羽織った金糸の豪奢な着物の花刺繍が、基尋の涙を吸って色を濃くし、いつしか泣きつかれた基尋は雪華花魁の胸で眠ってしまった。




この夢には一体どんな意味が……(´・ω・`)


本日もお読みいただきありがとうございます。此花咲耶


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