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小説・若様と過ごした夏・20 

「真子。」


あたしを見つけて、若様が駆け寄ってきた。


きゅんきゅんしっぽを振るのが見える気がする。


やっぱり豆芝みたいで、可愛い。


ただ今日、光の中で薄く透けた若様は、なぜかとても心もとなく見えた。


「ここに、皆は居たのじゃな・・・」


大きな石を見上げる若様は、懐かしそうにそういった。


「わたしは、本来ならここに皆と共に埋葬されるはずであったのじゃ。」


「どうしてそんな話をするの・・・?」


「真子の顔に、聞きたいと書いておる。
違うのか?」


あたしは若様のほっぺたを、むにゅと両方から引っ張った。


そういう大人みたいな気は、使って欲しくなかった。


「行こう、若様。読経の時間よ。」

あたしは、若様の手を引いて本堂に連れて行った。


ママが小さな声で、文句を言った。


「遅いわよ・・・。」


ご住職の後ろに皆神妙に並んで、読経を聞いた。


頭上を、涼やかな風が通る・・・


まずい・・・ここで眠気がくるのは、いけないと自分でも思う。


余りに罰当たりよね・・・


ふと、隣を見ると若様は先ほどよりももっと薄い姿になって、座布団の上で寝息を立てていた。


抱き上げようとしたら、手がすっと抜けてしまった。


「うそっ!」


若様に触れなくて、焦ったあたしは読経中だというのに、思わず声を出してしまいママににらまれた。


これって、若様一大事の予感・・・。

結局の話。


後から分かったのだけど、どうやら、修行を重ねたご住職の読経には、ありがたくも浄化に絶大な効果が有るらしいのね。


霊体の若様は、徳を積んだご住職のお経に清められ、思わず思いも遂げないまま、うっかり「成仏」してしまいそうになったらしい。


その後、あたしは読経中だったけど、若様に声をかけて無理やりおばあちゃんの家に帰ってきた。


うっかり「成仏」なんて、聞いたことがなかった。


まったくもう、油断もすきもありゃしない。


それから、心配で離れたくないなんて、変なあたし。


母性本能って、こんな感じなのかな・・・


「母上が、あそこにおわすかと思ったのだが・・・」


残念そうな若様は、濡れ縁から黙って空を見上げた。


意外にも、若様は悲しそうな顔をしても泣かなかった。


泣くのを我慢して、涙が落ちないように上を見上げたことはきっと何度もあったのだろうと思う。


こんなに小さくても、武士は我慢強いのだ。


やがて、皆が帰ってきた。


おばあちゃんが、若様と話がしたいとやってきた。


あの後、ご住職からどんな話を聞いてきたんだろう・・・・
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