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小説・若様と過ごした夏・27 

宗ちゃんは、ひどく咳き込んでいた。


「・・・若様が離れた・・・」


そういう宗ちゃんの顔は蒼白で、とても疲れて見えた。


若様は、宗ちゃんに不意に憑いたり離れたり、どこか落ち着かない様子だった。


きっと精神的に(霊にもそれがあるなら)不安定になっているのだと思う。


「宗ちゃん、あたしお蒲団敷いてくる。ちょっと横になった方がいいよ。」


「顔、真っ白だよ。」


行きかけたあたしの手を、宗ちゃんが掴んだ。


「待って、真子。・・・続きがあるんだ。」


代々の住職の日記の話を、おばあちゃんから聞いた宗ちゃんは、その話をしてくれた。


「おばあちゃん、真子には俺が話をするから。」


「たぶん、その方がいいとおもう。」


そして、宗ちゃんの話はこうだ。


「城から逃れた者や、重傷を負って寺に担ぎ込まれた者達の聞き書きが、かなり残されていたらしい。


落城当日、夜襲を受けた篠塚勢は、寝込みを受けたことも有って反乱軍に殆ど反撃できなかったそうだ。


城代家老が機転を利かせ、若様に小袖を被せ、数人の手勢に守らせて落ち延びさせる時、奥方は領主と共に城に残ると涙ながらに訴えたが聞き入れられなかった。


お家のために嫡男を頼むといわれ、泣く泣く奥方は惣領を連れ、落ち行く城を後にしたという。


城の深い奥で、城内のただならない気配に気が付いていたもう一人の宗太郎は、声を限りに家老の名を呼んだが誰からも返事はなかった。」


・・・だと思う。

ひっそりと、隠されていたのだから。


「最後まで奮戦したものの、味方が尽く倒れ、最早これまでと覚悟を決めた領主は、自室で自刃したんだ。

城主の首を敵に渡すまいとして、家老は襖を背に火の中に仁王立ちしていたらしい。」


領主は、追い腹を切ろうとする家老を押しとどめ、


「この火勢では、誰もここまではこられまい。」


「おまえは、奥の「宗太郎」を頼む・・・」


そう告げると、家老を部屋の外へと押しやって、自分は炎に呑まれながら首を掻き切り、絶命した。


だが思いのほか火の回りは速く、家老は宗太郎の下に行くことはできない。


あざ笑うような猛火の踊る中、やっとたどり着いた格子の向こうに、怯える宗太郎を認めたが助けることはかなわなかった・・・・


襲い掛かる火の粉を避けて、後ずさりに灯り取りの鎧戸に必死に手をかけた若様は、その隙間から、母と兄が城を落ち延びる所を目撃した。


ふと振り返る兄と目が合った・・・様な気がする。


「母上っ、兄上!」


劫火は奥の格子にまで襲いかかろうとしていた。


「宗太郎も、共に参ります!母上!兄上!」


「あっ!」


背後から、袴に火が移った。


なす術もなく一気に着物に火がついて、あっという間に全身が焔に包まれる・・・


「きゃーーーっ・・・・!母上ーー・・・」


肺に火の粉が入って、息ができない・・・


格子は若様の逃亡も許さなかった。


逃げ延びる手立てもなく、悲鳴を上げて一人火の中に呑み込まれてしまった若様。


若様の断末魔の声は、母の助けを求めて呼ぶ哀しい叫びだった・・・


無理もない、だってその時若様はたった6歳の子供だったんだもの・・・・


・・・あたしの足元に、宗ちゃんがくず折れて、震えながらうずくまっていた。



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