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嘘つきな唇 27 

すぐそこに看板が見えているスポーツ用品専門店まで行くのに、45分も掛けて二人は到着した。
すっかり朔良は疲れ果てていた。
靴売り場に置かれたソファにしゃげつくように腰掛けた朔良に、見繕って来てやるからここで待ってて、と彩は声を掛け、売り場へと一人向かった。

ふと彩は同僚の姿に気付く。
右も左もわからない途中入社の彩に、講師としてのノウハウを教授してくれた親切な二人だった。
声を掛けようとして近付いた時、彩は二人の交わす会話に耳を疑った。

「……確かにあいつの子供受けは良いけどな。体操のお兄さんみたいな感覚でさ。だけどさぁ、子供たちのリクエストで、次は前回来てくれた織田さんにお願いしたいなんて校長に言われたら、同じ講師として俺の立場がないだろう?」

「くさるなよ。校長にしてみれば、子供たちのご機嫌取りもあるんじゃないかと思うぞ?まあ、社長の親戚だから、面倒見て居ておいて損はないだろうとは思うし。それに、あいつ自身は素直でいいやつだ。」

「いいやつなのは認めるけど、やっぱ恵まれてるよなぁ。あの綺麗な坊ちゃんのお守りをするだけで、苦労して資格を取った大卒の俺等と同じ給料なんだぜ?お互い宮仕えは哀しいよなぁ。忙しい時に色々教えてやってくれって、社長直々に言われたから、こっちも自分の仕事もそっちのけで必死こいて教えなきゃならない。だからこそ何とか今やれてるんだろ。その辺、わかってんのかね~……おまけに受付の麻紀ちゃんが、織田さんって素敵よね~とか言ってるの。」

「なんだ、おまえが織田を気に入らないのはそこなのか。告白前に撃沈寸前は、情けねぇな。」

「あ~……いっそ、あいつ会社やめてくれねぇかな。勝てる気がしねぇ。」

「おいおい。ひどいな。」

冗談交じりの会話だったが、彩はいたたまれなかった。
仲間だと思って来たのに、内心はそんな風に同僚に思われていたのかと思うと、虚しくてやりきれない。
思わずその場から逃げるようにして離れた。
案外世間はそんなものなのかもしれないが、好意的な言葉とは裏腹な本音を知り、若い彩は傷つき打ちのめされた。

青ざめた彩に朔良は気が付いた。

「おにいちゃん……?何かあったの?」

「あ……いや。向こうにはバスケットシューズしかなかったんだ。あれは朔良の足には重いから、歩くには軽い方が……ほら、こういうのがいい。」

彩はその場にあった中高年用のウォーキングシューズを手に取った。

「えーーーっ……これ~?こんなデザイン、年より臭くてやだよ~……あ。パパの会社の人だ。」

会いたくなかった先ほどの二人が、階段の上部で気付き、こちらに向けて笑顔で手を振った。

「お~、織田君。珍しいね、こんなところで会うなんて。朔良君は、靴を買いに来たの?」

「そうなんです。でも、あまり好きなのがなくて……ね、おにちゃん。」

「……どうかした?おにいちゃん……?」

彩の強張った顔を、朔良が不安そうな顔で見つめる。

「あ、ごめん、朔良。これから人と会う約束があったのを忘れていたんだ。時間がないから直ぐにいかなきゃならないんだ……そうだ、近藤さんたちは車ですか?」

「ああ、そうだけど?今日はもう講習はないし、営業を掛けるには時間が足りないから、社に戻ろうかと話していたんだ。ほら、俺達も靴を買ったんだ。営業リーマンの必需品だよ。」

「そうですか。だったら、ちょうど良かった。朔良を家まで送ってやってくれませんか?ここまでずっと歩きだったから、疲れているだろうし。僕はこれから人と会うんで、今日は直帰させてもらいます。朔良、いいな。」

「う……ん。」

「今度、埋め合わせはするからな。」

否応なしに社員に預けられて、朔良は多少不満だったが、今度の休みに買い物に付き合うと約束して渋々納得した。

車に乗り込む朔良に手を貸し、彩は社員にお願いしますと頭を下げた。
彼らは、社長の息子でもある見目良い朔良と近づきになれたのが面映ゆいらしく、やたらと饒舌だった。

「もう出していいかな、朔良君。こんなことならもっときれいに掃除しておくんだった。」

「……お願いします……。」

会話を聞いてしまった彩は、強張った笑顔で車を見送った。
今は彼等と話をしたくなかった。朔良には悪いと思ったが、自分の事しか考えられなかった。
やはり、朔良の父親の会社に安易に世話になるべきではなかったのかもしれないと、今更思う。

「つくづくガキだよなぁ……ごめんな、朔良。」

彩は小さくため息をついた。




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