嘘つきな唇 21
父親から、彩がその年の大学受験を諦めたことを聞かされても、そうなんだと返事をしたきり気の毒がったりもしていない風だった。
それほどの犠牲を払っても、彩が傍に居さえすればいい、歩けなくても構わない……そんな風に思っているのではないかと思えるほどだ。
短時間の歩行訓練の度に、朔良は根を上げ涙を浮かべた。
「おにいちゃん……今日はもうお終いにする。」
「メニュー通り頑張るって約束しただろう?朔良はこのまま歩けなくなってもいいのか?ずっと松葉杖をついたまま過ごすつもりなのか?」
「おにいちゃんが傍に居てくれるなら、松葉杖でもいいよ。」
「そんな子供みたいなこと言ったって駄目だ。動かさないと、どんどん可動域が少なくなるって先生が言ってただろう?さ、立って。」
「う~……だって、痛いもん……」
「痛くてもやらなきゃ駄目だ。踵を上げるのを10回、一日3セットこなすって、先生と約束しただろ?」
直立不動でバーを持ち、その場で踵をゆっくりと上下させる。
たったそれだけの動作に、傷めた足に激しい痛みが走り脂汗が浮かんだ。思い通りにいかない治療に朔良は苛立ち焦った。周囲に甘やかされて育った楽な方へ流れる性格が、顔を出し始めていた。
「もう……やだ。」
「ここにいる子は、みんな小さくても一生懸命だろう?両足を歩行器具で固めた子だっているのに、朔良がお手本になって頑張らないでどうするんだ。ほら、みんな朔良が続けるのを見てる。」
「ぼくだって、ちゃんとやってるのに……おにいちゃんはいつだって、余所の子が気になるんだ……おにいちゃんのばか……」
大きななりをして、自分が面倒を見て居た小学生の頃と何も変わっていないことに、彩は驚いていた。
「朔良……俺が何の為に、リハビリに付き合っているか少しは考えろ。少しでも良くなって、叔父さんたちを安心させるんだろ?俺がいなきゃリハビリをしないって言うから、付き合ってるんだ。必要ないなら帰るぞ。」
*****
朔良は病院に顔を出した母親に泣きついた。
「ママ……」
誰が一番自分に甘いか良く知っている。母親が面会に来る時間、自分で車椅子に乗り朔良は玄関ロビーで母を待っていた。
「まあ、朔良。どうしたの?ひざ掛けも掛けないで、こんな所にいちゃ体が冷えるわ。彩君はどうしたの?」
「おにいちゃんは、リハビリ室で待ってる……あのね……ママにお願いがあるの。……ぼく、おうちに帰りたい……」
うるうると目を潤ませて、唇を震わせる息子に母は胸が痛くなった。思わず目頭を熱くして膝を付き目線を合わせた。リハビリは苦痛を伴うと、リハビリセンターに移る前に、主治医に聞いて居た。
「……でもね、朔良。ここで頑張らないと、松葉杖を手放せなくなるって担当のお医者さまが言ってらしたでしょう?ママは、元の朔良に戻って欲しいわ。」
「うん……ママの心配は分かってる。でも……近くの病院にリハビリに通うのじゃダメかなぁ……?ここは多くの人がいて、時間に急かされるようで辛いんだ。小さい子も頑張っているんだから、朔良も負けちゃいけないっておにいちゃんは言うけど……ぼくには、おにいちゃんみたいに根性ないもの……くすん……」
そうねと、母親の気持ちは朔良の方にあっさりと傾いた。
「彩君は元気だから、きっと身体の弱い朔良の痛みは分からないのね。分かったわ。ママからパパにお話してみる。少しくらい時間がかかったとしても、まだ若いんだもの。焦ることないわ。」
困ったことに父親は、妻にめっぽう甘かった。年の離れた美貌の妻を彼は誰よりも愛していたし、これまでに彼女の願が聞き入れなかったことなど無い。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
( *`ω´) 「朔良。ちゃんとリハビリしろよ!」
(つд・ ) 「……痛いもん……」
だめっこ朔良にいらっとします。(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
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