嘘つきな唇 26
結局、彩は朔良の父親の申し出を受ける事にした。
考えた末に決めた彩の報告を、母親は涙を浮かべて聞いた。
無理をしていると分かっていても、朔良の父親が提示した条件は大卒と同じもので、彩の家にとってもありがたい申し出だった。
「そう……。そうすることにしたの。彩はそれでいいのね?」
彩は肯いた。
「俺も今のままだと身分は高卒でしかないわけだし、伯父さんの所みたいな企業にはなかなか入れないからね。でも、いつになるか分からないけど、朔良の足が良くなったらいつかは大学に行くよ。折角だから、貰った給料を貯めて学費にする。そうすれば張合いもできるからさ。少しは家にも入れられると思うから、お母さんはお父さんの事を考えてあげて。」
*****
それから彩は、仕事の忙しさに流されるようにして、日々を過ごしていた。
朔良もリハビリを続けながら復学して、一年遅れで卒業した。
朔良が卒業証書を広げて見せた時、彩はふと思いだすこともなくなっていた後輩の事を思った。
里流は今頃どうしているだろう。明るい目をして、まっすぐに見つけた夢に向かっているだろうか……
三日に一度はリハビリの為に時間を取られたが、近隣の各種学校に派遣されてゆくパソコン講師の役は、彩の性に合った。
顔を見るなり、あ、パソコンの先生だ!と駆けてくる子供たちは、とても可愛い。
街中で彼らは彩に向かってぶんぶんと手を振った。
「気を付けて帰るんだぞ!」
「は~い!先生、またね~。」
朔良の足はあまり思わしくなかったが、病院からの帰り道、彩はいつも容赦なく歩かせることにしていた。
「買い物して帰ろう、朔良。そろそろ春物が必要だろう?給料が出たから、何か買ってやるよ。」
「おにいちゃんが買ってくれるの?じゃあね、アルマーニのスーツ……と言いたいところだけど、ウォーキングシューズにする。片方だけ直ぐに擦り減ってしまうから買ってくれる?」
「よし、じゃあ靴屋まで歩くぞ。少し距離はあるけど、頑張れ。」
朔良はう~と口をとがらせたが、やがてアルミの杖を両手に立ち上がった。身体が左右に揺れるのが痛々しかったが、敢えて手は貸さなかった。
「歩くと身体が揺れるでしょう?みんながじろじろ見るから本当はすごく嫌なんだよ。」
「ほら、ぶつくさ言わないで歩く。これもリハビリの延長だ。もう少しきちんと踵が上がるようにならないとな。綺麗に歩けたほうが、反対側の足に負担がかからなくなるって、先生も言ってたからな。まだ片方だけ筋力が無くて細いから、体幹がぐらぐらぶれるんだよ。」
「ぼく、モデルになれるほど、毎日ウォーキングの練習してると思う。」
「そうだな。最近は少しは頑張ってるって認めてやるよ。それに、もうじき仮免許も取れるんだろ?」
「おにいちゃんを乗せてあげるからね。免許取ったら一緒に旅行に行くんだ。」
「いつになるかな。」
「すぐだよ。どこに行くか決めておいて。」
足が悪くても、車に乗ることはできる。朔良も少しずつ前を向こうとしていた。
本人は歩く姿が奇異で目を引くと思っているようだったが、顔を上げた朔良の容姿は、花が咲くように周囲の目を引いた。
行き交う人がほうっとため息をついて、朔良の顔を盗み見る。
「朔良。さっき通りすがりの中学生が、あの人かっこいいって言ってたぞ。」
「かっこいいのはおにいちゃんだよ。ぼくは自分の顔は嫌いだ。これまで碌な事なかったもの……」
両手にアルミ製の杖を持って、ゆっくりと歩く朔良の歩調に合わせて、彩はさりげなく道路側に立つ。
彩の視線は、朔良だけに注がれていた。
額に汗しながら、懸命に足を運ぶ。
朔良は、大好きな彩に見守られて、つかの間幸せだった。
考えた末に決めた彩の報告を、母親は涙を浮かべて聞いた。
無理をしていると分かっていても、朔良の父親が提示した条件は大卒と同じもので、彩の家にとってもありがたい申し出だった。
「そう……。そうすることにしたの。彩はそれでいいのね?」
彩は肯いた。
「俺も今のままだと身分は高卒でしかないわけだし、伯父さんの所みたいな企業にはなかなか入れないからね。でも、いつになるか分からないけど、朔良の足が良くなったらいつかは大学に行くよ。折角だから、貰った給料を貯めて学費にする。そうすれば張合いもできるからさ。少しは家にも入れられると思うから、お母さんはお父さんの事を考えてあげて。」
*****
それから彩は、仕事の忙しさに流されるようにして、日々を過ごしていた。
朔良もリハビリを続けながら復学して、一年遅れで卒業した。
朔良が卒業証書を広げて見せた時、彩はふと思いだすこともなくなっていた後輩の事を思った。
里流は今頃どうしているだろう。明るい目をして、まっすぐに見つけた夢に向かっているだろうか……
三日に一度はリハビリの為に時間を取られたが、近隣の各種学校に派遣されてゆくパソコン講師の役は、彩の性に合った。
顔を見るなり、あ、パソコンの先生だ!と駆けてくる子供たちは、とても可愛い。
街中で彼らは彩に向かってぶんぶんと手を振った。
「気を付けて帰るんだぞ!」
「は~い!先生、またね~。」
朔良の足はあまり思わしくなかったが、病院からの帰り道、彩はいつも容赦なく歩かせることにしていた。
「買い物して帰ろう、朔良。そろそろ春物が必要だろう?給料が出たから、何か買ってやるよ。」
「おにいちゃんが買ってくれるの?じゃあね、アルマーニのスーツ……と言いたいところだけど、ウォーキングシューズにする。片方だけ直ぐに擦り減ってしまうから買ってくれる?」
「よし、じゃあ靴屋まで歩くぞ。少し距離はあるけど、頑張れ。」
朔良はう~と口をとがらせたが、やがてアルミの杖を両手に立ち上がった。身体が左右に揺れるのが痛々しかったが、敢えて手は貸さなかった。
「歩くと身体が揺れるでしょう?みんながじろじろ見るから本当はすごく嫌なんだよ。」
「ほら、ぶつくさ言わないで歩く。これもリハビリの延長だ。もう少しきちんと踵が上がるようにならないとな。綺麗に歩けたほうが、反対側の足に負担がかからなくなるって、先生も言ってたからな。まだ片方だけ筋力が無くて細いから、体幹がぐらぐらぶれるんだよ。」
「ぼく、モデルになれるほど、毎日ウォーキングの練習してると思う。」
「そうだな。最近は少しは頑張ってるって認めてやるよ。それに、もうじき仮免許も取れるんだろ?」
「おにいちゃんを乗せてあげるからね。免許取ったら一緒に旅行に行くんだ。」
「いつになるかな。」
「すぐだよ。どこに行くか決めておいて。」
足が悪くても、車に乗ることはできる。朔良も少しずつ前を向こうとしていた。
本人は歩く姿が奇異で目を引くと思っているようだったが、顔を上げた朔良の容姿は、花が咲くように周囲の目を引いた。
行き交う人がほうっとため息をついて、朔良の顔を盗み見る。
「朔良。さっき通りすがりの中学生が、あの人かっこいいって言ってたぞ。」
「かっこいいのはおにいちゃんだよ。ぼくは自分の顔は嫌いだ。これまで碌な事なかったもの……」
両手にアルミ製の杖を持って、ゆっくりと歩く朔良の歩調に合わせて、彩はさりげなく道路側に立つ。
彩の視線は、朔良だけに注がれていた。
額に汗しながら、懸命に足を運ぶ。
朔良は、大好きな彩に見守られて、つかの間幸せだった。
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