嘘つきな唇 23
この先、朔良の面倒を見るのは止めようと思うんだと、核心に触れるより前に報告をしておかなければと思った。家は近いが、まだ両親は朔良が退院したことさえ知らなかった。母の心づくしの料理に、心がほぐれる気がする。
「朔良はリハビリセンターのメニューがきつくて逃げ出したんだよ。あの根性なしの面倒を見るのは、もう嫌になっちゃった。あいつ、全然頑張らないんだもの。」
珍しく弱音を吐いた彩は、朔良の甘い両親が自宅にリハビリのためのバーを設置したんだと告げた。
「無駄にならなきゃいいけどね。」
「そうか。まだ本家の義兄さんからは何も聞いてはいないが、何だか工事をしているなぁとは思っていたんだ。それで朔良君は家から病院に通うことにしたのか?まだちゃんとは、歩けないんだろう?」
「全然。まるで進歩なしだよ。同じころに入った小学生の方が、まじめにやってるから結果が出てるくらいだ。俺はさ、朔良に怪我をさせてしまった負い目もあるから、精いっぱい元通りにしてやろうと思ったんだけど、朔良にはまるでやる気がなくて。今のままだと朔良は十年経っても歩けないと思う。」
「まあ、そう言うな。朔良君は昔から彩の事を大好きでくっついてばかりいただろう?今も、優しいお兄ちゃんだと思って甘えているんだよ。そのうちやる気になるさ。もう少し気長に付き合ってやったらどうだ?」
一つしか違わないのに、いつまでも子供の頃のようにべたべたと甘えて貰っちゃ困ると、彩は思ったが、実は両親には彩には朔良を見捨ててもらっては困ると言う違った思惑があった。
「それで、朔良君のリハビリに付き合うのを止めて、彩はどうしたいんだ?聞こうじゃないか。」
いつになく真剣な父親に、彩は思い切って自分の夢を告げた。
「事故さえなかったら、俺は大学を受験するつもりだった。うまくいけば奨学金をもらって、父さんたちにはなるべく負担を掛けないように国公立を狙うつもりだったんだ。知ってたでしょ?」
「ああ……彩が願書を取り寄せたり、過去問を解いていたのは知ってるよ。教師になりたいって、いつか言ってたじゃないか。」
「本当は一年朔良につきあった後、勉強し直して受験するつもりだったんだ。だけど、朔良は自宅から病院に通うって言うから、できれば空いた時間を予備校に通おうかと思ってる。これから勉強すれば、来年に間に合うから。」
母は静かに立ち上がり、彩の好きな唐揚げの大皿を置いた。
「彩……あなたももう子供じゃないから、知っておいてもいいと思うの。」
「え?何……?」
「うちの商売が大変なのは、彩も知っているでしょう?」
「知ってるけど?」
彩の家は酒屋を営んでいた。羽振りのいい時もあったが、今は量販店に押され売り上げが激減しているのを彩も知っている。
「三年前にお店をリフォームしたときに国民金融公庫でお金を借りていたのだけど、支払いが追い付かなくてね……朔良君のお父さんにお金を借りたの。」
「……どういうこと?」
「返済は年金がもらえるようになってからでいいと言ってくれたんだけど、月々少しずつは返しているのね。彩が朔良君を怪我させたことも、兄さんは気にするなって言ってくれたけど……お父さんとしてはそんな訳にはいかないじゃない?」
「それって……俺の将来よりも、朔良の面倒を見るのを優先しろってこと?」
思わず彩は声を荒げた。音を立てて湯のみが転がり、茶が零れた。
「そうじゃない!落ち着きなさい。母さんは、見捨てるように手放すべきじゃないと言ってるんだ。自転車が転倒したのは不幸な事故で、俺達も義兄さんも彩のせいじゃないと思っているが、義姉さんはそうは思ってない。それは彩も普段から感じているだろう?」
「叔母さんは特別過保護だから……」
「ねぇ、彩。誰だって自分の子が可愛いわ。特に朔良君は一番最初の子供を流産した紗子さんが、不妊治療をへてやっと授かった子供なの。お母さんだって、彩が誰かに恨まれたり憎まれたりするのはやりきれないわ。だから焦らないで、もう少しだけ考えてみて欲しいの。それにねお金を借りていることを抜きにしても、ずっと親戚関係なのは変わらないのよ。卑屈になる必要はないけど、これから先もずっとつきあってゆくことを忘れないで。」
「叔父さんから……いくら借りてるの?」
「お前が気にする事は無い。朔良君が少し良くなってから、大学の話は考えようじゃないか。学資保険があるから、学費の事は心配しなくていい。」
学資保険を借金の返済に充てれば、きっとかなり楽になるだろうに、両親は手を付けていなかった。
思いがけない話を聞き、彩の書いた青写真は泡と消えた。
気にするなと言いながら打ち明けた大人の事情に、彩は打ちのめされていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
大人の事情もちょっぴり関係して、彩は打ちのめされています。(´・ω・`)
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