嘘つきな唇 25
「仕事のことは分かりました。それで伯父さんの会社にお世話になったとして、仕事の合間に俺に朔良の面倒を見ろと言う事ですか?それだったら、バイトの合間にでも出来ると思います。コンビニとかだったら、時間ごとにシフトが組めるから大丈夫なはずです……。」
「いや。朔良の面倒を見る代わりに、仕事として日当を受け取ると思ってほしいんだ。妻もそろそろ仕事に復帰してくれと言われているし、正直、君以外に誰も朔良の機嫌を取れる者がいないんだよ。あの子が訳合って、昔から人を信用しないのは彩君も知っているだろう?」
「……知ってます。」
父親の言う「訳」というのは、朔良の少女めいた容姿に起因する。少年でありながら持ってしまった透明な美貌が、朔良の不幸だったと言えるかもしれない。
彩の目には見慣れた朔良の顔は、嗜虐の性向を持つ者にとって「そそる」特別なものらしかった。
小さな子供のころから、理不尽な目に何度もあってきた朔良が、盲目的に彩の手を求めるのは無償で守護をする存在として認識しているのかもしれないと思う。
彩が覚えている限り、最初に朔良が同性に性的暴行を受けたのは、小学生の低学年の頃だった。
近所の高校生に連れ出された朔良が、公園の茂みで呆然としているのを発見したのは彩だった。身体中に赤い水玉の模様がついた朔良は、あちこちに擦り傷が出来ていて、首には絞められたらしい赤い指の痕がついていた。
朔良を連れ出した犯人は、ぐったりとした朔良を死んだと思いうち捨てたのだが、幸運にも朔良は息を吹き返した。
自分の着ていたジャンバーを羽織らせて、震える朔良を何とか背負って自宅に連れ帰ってから、周囲が大騒ぎになったのを覚えている。大人の目には一目で朔良がどんな目に遭ったかわかってしまった。
白い太腿に流れる一条の血の筋は、お気に入りのジャンパーを汚し、染みになった。
彩は哀しかったが、母親は決して血のことを口にしてはいけないと厳命した。
彩には詳細は知らされなかったが、大人たちの言葉の端々から、話を推測した。
朔良を連れ出した高校生が朔良を乱暴した後、殺すつもりだったことや、連れだしたのはこれが初めてではなかったこと。
締め切ったカーテンの向こうから、時々朔良の悲鳴が聞こえた。その度に、彩が呼ばれ朔良は彩の顔を見て落ち着いた。彩は幼い朔良にとって、眠れない夜の精神安定剤になった。
「おにいちゃん……」
首にかきつく朔良の身体は、一つ違いの彩が抱けるほど軽かった。
彩は仲の良い朔良が無事だったことに安堵したが、見えない場所に出来た深い傷まで思いやったりはできなかった。
彩はごく普通の子供で、いつしか日々の喧騒の中で、朔良のこうむった災禍は記憶の片隅に埋もれた。
病弱だった朔良が、彩の後をどこまでも追うようになったのは、そんな事件があった後だったかもしれない。
彩はただの甘えん坊だと思って来たが、朔良にとって恐ろしい魔人の手から救いだしてくれたヒーローとして刷り込まれたと気づいていなかった。
必死に後を追う朔良は、彩と同じ高校を受験した。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
ちょっと事情がありまして、数日のお休みをいただきます。
もしわけありません。
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