嘘つきな唇 24
彩は部屋にこもった。
部屋の中央には、昨年の地方予選の時全員で撮った写真が大きなパネルになって飾られていた。
キャプテンとしてチームを率いた自分が、入場行進の後貰った参加賞のメダルを掛けて少し気恥しげに中央で笑っていた。
その横には緊張して顔が強張った里流がいる。
この頃、まだ里流は可哀想なほど体力が無くて、まともに捕球すらできず身体中傷だらけだった。
「あ~、ボールがイレギュラーして顔面に当たったころだな。ほっぺた青痣になってら……頑張ってるか、里流。」
そっと触れただけのキスに、頬を染めた可愛い後輩は、まっすぐに前を向いている。
何気なく写真の里流の顔を指でなぞった。
過去を切り取った写真の中の自分に戻りたかった。
*****
その夜遅く、朔良の両親が彩を訪ねてきた。彩に話があると言う。
「夜分にすまないね、彩君。」
どうやら朔良に泣きつかれて、仕方なく腰を上げたようだった。彩はその気配を察した。
「彩君は朔良にはすっかり呆れているだろうと思うんだが、できればこれまで通りリハビリに付き合ってやってくれないかと、頼みに来たんだ。」
「本当に、いつも振り回してごめんなさいね。朔良がお兄ちゃんと一緒じゃないと、リハビリしたくないって言うのよ。」
彩はじっと朔良の両親の顔を見つめた。心から息子を心配して、出来る事は何でもしてやりたいと思っているどこにでもいる普通の親の顔だった。
彩が朔良の傍に居るのは贖罪として、すべきことだ。
「……俺は最初からリハビリに付き合うつもりでした。逃げだしたのは朔良の方です。」
「そうらしいね。朔良が我儘で申し訳ないと思っているよ。僕も何とかめどが立ったら君を自由にしてあげたいと思っているんだが……そこで、一つ提案があるんだよ。」
「なんですか?」
「妻とも相談して、迷惑をかける君に一番いい方法を考えようと言う事になってね。他でもないんだが……彩君、うちの社に入らないか?縁故入社はこれまで断って来たが、君なら優秀だから問題ないと思う。」
彩は思わず目を泳がせた。朔良の父親は俗にいうIT企業の社長だった。
それほど大きくはないが中堅どころとして着実に実績を残している。自ら手掛けた農家向けのソフトがヒットして、近隣の産直市やスーパーなどにも採用されている。社員には有名理系大学卒が多いと、彩も知っている。
優秀な人材が向こうから来る魅力的な会社として、彩も話を聞いたことが有った。
「伯父さん……申し出はありがたいですけど。俺は伯父さんの会社の役には余り立たない気がするんだ。俺は文系の勉強しかしてこなかったし、パソコンのプログラムを作るのが伯父さんの会社の主な仕事でしょう?どう考えたって畑違いだよ。」
「そうだね、賢明な彩君ならそう言うだろうと思った。あっさり飛びつくような子には、伯父さんも話を振らないよ。」
ほらね、僕が言った通りの返事をしただろう?と機嫌よく伯父は妻を振り返った。
「確かにうちの社には、優秀な人材が揃っている。しかし、業種はそれだけではないんだ。営業や事務系の仕事もあるし、近隣の学校や施設にパソコン教室の講師も派遣しているんだ。ソフトの説明をするのは、余りパソコンに詳しい人間じゃない方が良いんだよ。」
「そうなんですか?」
「営業成績がいいのは、畑違いのものが多いね。それに難しい専門用語ばかり並べたって、ソフトの入ったレジを使うのは結局、パソコンを触ったことのないような中年のご婦人なんだ。小学生に教えるのも、彩君のように若い方がいい。そういった講師のノウハウは社にあるし、君が教師志望という事は君のお父さんから聞いて知っている。手を貸してくれると助かるんだ。」
確かに悪い話ではないと思う。
給料が派生すれば、両親の苦労も軽減される。
しかし、あっさりと頷くことはできなかった。
父親が借りていると言う借金の話を聞いてしまった彩は、これ以上の迷惑を朔良の親に掛けたくないと思った。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
外堀も内堀も埋められて、逃げ場がなくなってゆく彩です。
どうしたものでしょう…… (´-ω-`)ふむ~
部屋の中央には、昨年の地方予選の時全員で撮った写真が大きなパネルになって飾られていた。
キャプテンとしてチームを率いた自分が、入場行進の後貰った参加賞のメダルを掛けて少し気恥しげに中央で笑っていた。
その横には緊張して顔が強張った里流がいる。
この頃、まだ里流は可哀想なほど体力が無くて、まともに捕球すらできず身体中傷だらけだった。
「あ~、ボールがイレギュラーして顔面に当たったころだな。ほっぺた青痣になってら……頑張ってるか、里流。」
そっと触れただけのキスに、頬を染めた可愛い後輩は、まっすぐに前を向いている。
何気なく写真の里流の顔を指でなぞった。
過去を切り取った写真の中の自分に戻りたかった。
*****
その夜遅く、朔良の両親が彩を訪ねてきた。彩に話があると言う。
「夜分にすまないね、彩君。」
どうやら朔良に泣きつかれて、仕方なく腰を上げたようだった。彩はその気配を察した。
「彩君は朔良にはすっかり呆れているだろうと思うんだが、できればこれまで通りリハビリに付き合ってやってくれないかと、頼みに来たんだ。」
「本当に、いつも振り回してごめんなさいね。朔良がお兄ちゃんと一緒じゃないと、リハビリしたくないって言うのよ。」
彩はじっと朔良の両親の顔を見つめた。心から息子を心配して、出来る事は何でもしてやりたいと思っているどこにでもいる普通の親の顔だった。
彩が朔良の傍に居るのは贖罪として、すべきことだ。
「……俺は最初からリハビリに付き合うつもりでした。逃げだしたのは朔良の方です。」
「そうらしいね。朔良が我儘で申し訳ないと思っているよ。僕も何とかめどが立ったら君を自由にしてあげたいと思っているんだが……そこで、一つ提案があるんだよ。」
「なんですか?」
「妻とも相談して、迷惑をかける君に一番いい方法を考えようと言う事になってね。他でもないんだが……彩君、うちの社に入らないか?縁故入社はこれまで断って来たが、君なら優秀だから問題ないと思う。」
彩は思わず目を泳がせた。朔良の父親は俗にいうIT企業の社長だった。
それほど大きくはないが中堅どころとして着実に実績を残している。自ら手掛けた農家向けのソフトがヒットして、近隣の産直市やスーパーなどにも採用されている。社員には有名理系大学卒が多いと、彩も知っている。
優秀な人材が向こうから来る魅力的な会社として、彩も話を聞いたことが有った。
「伯父さん……申し出はありがたいですけど。俺は伯父さんの会社の役には余り立たない気がするんだ。俺は文系の勉強しかしてこなかったし、パソコンのプログラムを作るのが伯父さんの会社の主な仕事でしょう?どう考えたって畑違いだよ。」
「そうだね、賢明な彩君ならそう言うだろうと思った。あっさり飛びつくような子には、伯父さんも話を振らないよ。」
ほらね、僕が言った通りの返事をしただろう?と機嫌よく伯父は妻を振り返った。
「確かにうちの社には、優秀な人材が揃っている。しかし、業種はそれだけではないんだ。営業や事務系の仕事もあるし、近隣の学校や施設にパソコン教室の講師も派遣しているんだ。ソフトの説明をするのは、余りパソコンに詳しい人間じゃない方が良いんだよ。」
「そうなんですか?」
「営業成績がいいのは、畑違いのものが多いね。それに難しい専門用語ばかり並べたって、ソフトの入ったレジを使うのは結局、パソコンを触ったことのないような中年のご婦人なんだ。小学生に教えるのも、彩君のように若い方がいい。そういった講師のノウハウは社にあるし、君が教師志望という事は君のお父さんから聞いて知っている。手を貸してくれると助かるんだ。」
確かに悪い話ではないと思う。
給料が派生すれば、両親の苦労も軽減される。
しかし、あっさりと頷くことはできなかった。
父親が借りていると言う借金の話を聞いてしまった彩は、これ以上の迷惑を朔良の親に掛けたくないと思った。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
外堀も内堀も埋められて、逃げ場がなくなってゆく彩です。
どうしたものでしょう…… (´-ω-`)ふむ~
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