漂泊の青い玻璃 5
確かに琉生には、どこか浮世離れした雰囲気が有った。
サイズの合わないシンプルな白い麻のシャツを無造作に着た琉生は、華奢な体つきのせいか、一見したところ男か女か分からない中性的な雰囲気がある。
髪が伸びたのを緩く後ろで一つにまとめているせいで、余計にそう見えるのかもしれない。
琉生は絵を描くのに熱心なあまり、自分の事にはかなり無頓着だった。
様子を見る限り、血の繋がりがないという二人の兄とは、確かに上手くやっているようだ。
じろじろと不躾に訝しげな視線を送り、この物腰の柔らかな青年は、本当に家族として上手くやっていたのだろうかと、刑事は探った。
どこかおかしいと、刑事としての長年の勘がささやく。
自宅から通える場所にある美大に、あえて家を出て通う不自然さに納得がいかなかった。署に戻って、ふとため息を吐く。
「渋さん?どうしたんだ、ため息なんぞついて。」
「ああ、ちょっとな。」
声を掛けて来た上司は、渋谷の同期だった。
「まだ、追ってるのか?例のライターの件。」
「ああ。」
「もういいじゃないか。渋さん。アル中の親父が女房恋しさに、突発的に首をくくっただけだよ。向精神薬を貰ってたと言う話だったしな。長男は製薬会社に勤めていて、二男は学生だが既に内定をもらっている。大した事件性はないだろう?」
「まあ、もう少しだけ洗ってみるよ。余りに何もないと言うのが、余計に引っかかるんだ。」
「定年前に、もう一花と思うのも分からんではないが、さすがの渋さんも今度ばかりは外したかな。これ以上つついても、何も出ない気がするぞ。」
「かもしれませんがね。わたしはね、あの小奇麗な三男が妙に気になるんですよ。」
「アリバイは完璧だったんだろう?」
「そうなんですが……言うなれば勘というやつですかね。どうも三男を見ていると、何か見落としているような気がして、胸の内がぞわぞわとするんです。」
「おいおい。年甲斐もなく、惚れたなどと言いだすんじゃないだろうな。」
「惚れる……?」
「そんな顔をするな。冗談だよ。」
一つの単語が、何故か妙に引っかかった。
*****
上層部が自殺として処理した事件に、渋谷だけがもう少し調べさせてくれと、しつこく食い下がっていた。
定年まで数か月、好きにさせておけと上司は、解決した案件に許可を出した。
血縁関係のない琉生は、その後も渋谷刑事から呼び出しと訪問を受けた。
任意で警察署にも呼び出され数度の尋問を受けたが、琉生には父の死亡推定時刻に、バイト先で働いていたという確固としたアリバイが有った。
居酒屋で複数の人間が、琉生のアリバイを証言してくれた。店員だけでなく、琉生を知る常連の客も口をそろえた。
勤務先の評判も良く、琉生の人となりは、琉生を知る誰もが保証した。
刑事には納得のいかない不審な点があったようだが、寺川愛用のパソコンに残された遺書を尊が見つけ警察へ知らせた。
警察上層部は自殺の決定的な証拠として採用したようだ。
そこには亡き妻への愛が、切々と語られていた。
「渋さん。決定的だ。害者の遺書が出た。」
「は……?いくらなんでも出来すぎだろ。」
「長男が、遺品の整理をしていてパソコンの中に見つけたらしい。」
「パソコンか……そりゃ、俺の管轄外だ。」
渋谷は、思わず口にした。
*****
琉生も、全てを語ったわけではない。自分の部屋で見た父の事を、刑事と尊に話していなかった。
曖昧な記憶でしかなかったし、次兄の隼人は夢を見たのだと断言した。何も言わない所を見ると、隼人は気にも留めていないに違いない。
父が何故、血眼になって琉生を探したのか、どんな目的で下宿先を訪ねてきたのか、琉生には分かっている。
それでも、もう亡くなってしまった父について、これ以上赤の他人には、土足で踏み込むような詮索をしてほしくないと思う。
今更、どんな繰り言を言っても義父が帰るわけなど無いのだから……。しばらくでも父と呼んだ人の尊厳を守りたかった。
父は母の後を追うように逝き、幸せだっただろうか。彼岸で母に逢えただろうか。
「お母さん……」
鏡の中の線の細い青年が、母とよく似た顔で琉生を見つめていた。
「これで良かったんだよね……」
自分を見つめる鏡の中の母に、どうすればいいかと聞きたかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
( *`ω´) 髪の毛のびてても、不潔じゃないもん~。
サイズの合わないシンプルな白い麻のシャツを無造作に着た琉生は、華奢な体つきのせいか、一見したところ男か女か分からない中性的な雰囲気がある。
髪が伸びたのを緩く後ろで一つにまとめているせいで、余計にそう見えるのかもしれない。
琉生は絵を描くのに熱心なあまり、自分の事にはかなり無頓着だった。
様子を見る限り、血の繋がりがないという二人の兄とは、確かに上手くやっているようだ。
じろじろと不躾に訝しげな視線を送り、この物腰の柔らかな青年は、本当に家族として上手くやっていたのだろうかと、刑事は探った。
どこかおかしいと、刑事としての長年の勘がささやく。
自宅から通える場所にある美大に、あえて家を出て通う不自然さに納得がいかなかった。署に戻って、ふとため息を吐く。
「渋さん?どうしたんだ、ため息なんぞついて。」
「ああ、ちょっとな。」
声を掛けて来た上司は、渋谷の同期だった。
「まだ、追ってるのか?例のライターの件。」
「ああ。」
「もういいじゃないか。渋さん。アル中の親父が女房恋しさに、突発的に首をくくっただけだよ。向精神薬を貰ってたと言う話だったしな。長男は製薬会社に勤めていて、二男は学生だが既に内定をもらっている。大した事件性はないだろう?」
「まあ、もう少しだけ洗ってみるよ。余りに何もないと言うのが、余計に引っかかるんだ。」
「定年前に、もう一花と思うのも分からんではないが、さすがの渋さんも今度ばかりは外したかな。これ以上つついても、何も出ない気がするぞ。」
「かもしれませんがね。わたしはね、あの小奇麗な三男が妙に気になるんですよ。」
「アリバイは完璧だったんだろう?」
「そうなんですが……言うなれば勘というやつですかね。どうも三男を見ていると、何か見落としているような気がして、胸の内がぞわぞわとするんです。」
「おいおい。年甲斐もなく、惚れたなどと言いだすんじゃないだろうな。」
「惚れる……?」
「そんな顔をするな。冗談だよ。」
一つの単語が、何故か妙に引っかかった。
*****
上層部が自殺として処理した事件に、渋谷だけがもう少し調べさせてくれと、しつこく食い下がっていた。
定年まで数か月、好きにさせておけと上司は、解決した案件に許可を出した。
血縁関係のない琉生は、その後も渋谷刑事から呼び出しと訪問を受けた。
任意で警察署にも呼び出され数度の尋問を受けたが、琉生には父の死亡推定時刻に、バイト先で働いていたという確固としたアリバイが有った。
居酒屋で複数の人間が、琉生のアリバイを証言してくれた。店員だけでなく、琉生を知る常連の客も口をそろえた。
勤務先の評判も良く、琉生の人となりは、琉生を知る誰もが保証した。
刑事には納得のいかない不審な点があったようだが、寺川愛用のパソコンに残された遺書を尊が見つけ警察へ知らせた。
警察上層部は自殺の決定的な証拠として採用したようだ。
そこには亡き妻への愛が、切々と語られていた。
「渋さん。決定的だ。害者の遺書が出た。」
「は……?いくらなんでも出来すぎだろ。」
「長男が、遺品の整理をしていてパソコンの中に見つけたらしい。」
「パソコンか……そりゃ、俺の管轄外だ。」
渋谷は、思わず口にした。
*****
琉生も、全てを語ったわけではない。自分の部屋で見た父の事を、刑事と尊に話していなかった。
曖昧な記憶でしかなかったし、次兄の隼人は夢を見たのだと断言した。何も言わない所を見ると、隼人は気にも留めていないに違いない。
父が何故、血眼になって琉生を探したのか、どんな目的で下宿先を訪ねてきたのか、琉生には分かっている。
それでも、もう亡くなってしまった父について、これ以上赤の他人には、土足で踏み込むような詮索をしてほしくないと思う。
今更、どんな繰り言を言っても義父が帰るわけなど無いのだから……。しばらくでも父と呼んだ人の尊厳を守りたかった。
父は母の後を追うように逝き、幸せだっただろうか。彼岸で母に逢えただろうか。
「お母さん……」
鏡の中の線の細い青年が、母とよく似た顔で琉生を見つめていた。
「これで良かったんだよね……」
自分を見つめる鏡の中の母に、どうすればいいかと聞きたかった。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
( *`ω´) 髪の毛のびてても、不潔じゃないもん~。
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