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漂泊の青い玻璃 8 

琉生は覚えている。

寺川の父と結婚する前、明るい髪をかき上げながら、歌うように母は言った。
頬を染めて少し嬉しそうな母は、その日初めて、琉生に再婚相手の話を告げた。

「ねぇ、琉生。お母さんね、琉生に紹介したい人がいるの。新しいお父さん欲しくない?」
「新しい……お父さん……?」
「そう。紹介していただいたの。その方が一度、琉生と会ってみたいっておっしゃったの。どうかな。」
「琉生くんは……」

そんなものは欲しくなかった。
琉生の父は、亡くなった父親だけだ。
このまま母と二人の生活が良いと思ったが、琉生はしばらく考えて、母の望む答えを口にした。

「琉生くん……どっちでもいいよ。」
「どっちでも?……そうね。まだ会ったこともないのに、いきなり知らないおじさんを新しいお父さんにどう?なんて言われても困るわよね。」
「うん……。」
「いつか、会ってくれる?その方には、大きなお兄ちゃんが二人いるのよ。琉生は兄弟がいないから、仲良くできると良いわね。」
「うん。」

琉生は母の手をちらと見た。
母の荒れた手は、いくつもあかぎれが出来ていて、美しい手とは言えない。
琉生は時折自分が幼く力のないことに腹を立てていた。早く大人になって、母を守りたかった。他人の名前を口にする母は、自分の手を必要とはしていないのだろうか。

誰か知らない男を、父と呼んでほしいと母は言う。
曖昧な笑顔を浮かべて、無力な琉生は流されてゆく。

大槻琉生(おおつきるい)、もうすぐ小学一年生になろうとしていた。

*****

父の居た数年前まで、母のしなやかな手は白く細く、美術室にある石膏の彫像のように美しかった。

父が闘病中、母は入院費用と生活費を稼ぐため、時給の良い夜の仕事をしていた。
手術費用はかさみ、乏しい貯えが直ぐに底をついたからだ。援助してくれるような身内はいなかった。

「琉生。お父さんの所に行くわよ。もう、眠くなっちゃった?おんぶする?」
「だいじょぶ……琉生くん、クレヨンと絵本持っていく……」

華やかな姿で仕事に行く前、母は小さな琉生の手を引いて、病室の父に渡した。
余命わずかな病人に琉生を預けるしか、母には働く方法はなかった。誰も頼るものの居なかった母は、借り物のドレスに厚化粧をして生活を支えた。

「いい子にしててね、琉生。お部屋で大きな声を出しちゃ駄目よ。らじゃ?」
「らじゃ!」

小さな声で答えた琉生は、戦隊ヒーローの敬礼をする。
父の病室で夕方から真夜中まで過ごす琉生を哀れに思い、看護師も医師も見て見ぬふりをしてくれたようだ。

消灯後の病室に、酒のにおいが残った母が、足音を忍ばせて琉生を連れにやって来る。
ハイヒールの靴音の響く真夜中の病院は、廊下に小さなライトが付いているだけでどこも薄暗かった。
琉生は父の寝台で丸くなり、静かに共に眠っていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

小さな琉生は、お母さんがお仕事に行ってる間、お父さんの病室でこっそり過ごすのです。
本当はいけないのですが、琉生の両親には身寄りがい無いので仕方ないのです。
(〃^∇^)ノ 「お父さん。琉生くん、きたよ~」


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