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漂泊の青い玻璃 53 

それから当分、琉生が父と会う事は無かった。
兄達の気配りで、琉生が高校受験を期に懐かしい町を離れる事になった時も、父に所在を告げる事はしなかった。

「自立するのが、少し早くなるだけだ。」
「そうだな。」

兄達は、自分たちにそう言い訳をした。
そして、隼人は琉生の新しいアパートに通うのを辞め、自分からは琉生と連絡を取らないことに決めた。

「時間が出来たら、連絡するから外で飯でも食おう。騎士の役は、しばらく兄貴に譲るよ。」
「いいのか?」
「ああ。もう決めた。真面目にサッカーするよ。俺も正念場なんだ。」

琉生は寂しがるだろうが、琉生を守る為、少しでも居場所を探るカードは少ない方が良いだろうと、尊も納得した。
相談に乗ってくれた看護師も、琉生だけではなく父を守る為にもそうするのが一番正しいのではないかと、助言してくれた。
最悪の事態を招かないためにも、距離を置いた方が良いと、彼女は経験をもとに断言した。

******

琉生は高校生になった。
大学院に通う尊のアパートの空き部屋に、琉生は越してきた。

「ぼく、尊兄ちゃんと一緒の部屋でもいいのに……」
「プライバシーは大切だぞ。それに絵を描く時間は、琉生も一人の方が良いだろう?食事は出来るだけ一緒に食べよう。な?」
「うん、そうする。油絵の具の匂いは、ちょっと癖があるもんね。」

琉生は尊の本心を知らない。
いつかはと思っていたが、まだ一緒には住めないと尊は考えていた。

琉生は、近くに美術科のある高校が無かったため、高校は普通の全日制に入学し、放課後は美術系の予備校に通うことにした。
物理的に琉生と離れてしまった隼人は、折りに触れ尊から様子を聞いた。
互いに琉生が大切だった。

「兄貴。琉生はどうしてる?」
「ああ、もうカンバスに向かってる。何展……?だったかな。先生が出してみるかって言ってくれたって、気合が入ってるよ。」
「そう。知らない土地で友達もまだいないだろうから、どうなるかと思ったけど何とかやってるんだ。」
「高校の美術講師の知り合いが、予備校でデッサンを教えているらしいんだ。早速来ないかと誘ってくれて、毎日遅くまで通ってる。琉生に夢中になれるものが有って、良かったと思うよ。」
「そうだな。琉生には好きなことをやって欲しいよ。」
「隼人兄ちゃんと会えないって、琉生が寂しがってたぞ。」
「試合で忙しいって言っておいて。俺は俺で頑張るからって。」
「伝えておく。」

*****

琉生は相変わらず、食事も風呂も睡眠も忘れてしまうくらい、絵に夢中だった。
カンバスの前に座ると、大学病院のロビーで見上げた父の絵に出会った時と同じ感覚に包まれた。

「さて……と。今日も頑張ろ。」

絵筆を持つと、顔も覚えていない亡き父が、見守ってくれる気がした。
帰宅した尊が背後から傍に寄っても気づかないほど、絵に向かう琉生は集中していた。

帰りが遅い時は、夜の11時きっかりに、大学の研究室にいる尊から確認の電話が入る。長く鳴らしたら、やっと気が付いて琉生は電話を取り上げた。

「もしもし……?」
「出るのが遅い。飯は食ったのか?」
「あ、尊兄ちゃん……え~と……食パンを食べたよ。」
「デッサン用のパンをかじっただけだろ?ちゃんと飯を食え。チンするだけの冷凍食材があっただろ?風呂は?」
「これから……い、今、入ろうと思ったところ。」
「琉生。何時だと思ってるんだ。絵を描くのもいいけど、身体を壊してしまったら元も子もないだろ?きちんとした生活ができないのは困る。僕だって、教授の論文の手伝いがある。ずっと琉生の心配ばかりしているわけにはいかないんだからな。」
「……ごめんなさい。描きたいものが決まったから、筆が乗って楽しくなってしまったんだ。きちんとする……。」
「本当に約束できるんだな?僕が傍に居る以上、ちゃんとしろ。試験で赤点取るのも許さないからな。わかった?」
「う~……らじゃ。」

尊は電話の向こうで噴きそうになったのを我慢した。
小さな琉生が、遊園地で戦隊ポーズを取ったのを思いだしてしまった。

「出品締切っていつなんだ?」
「今月末だよ。」
「根を詰めたい気持ちもわかるけど、無理するなよ。」
「わかった。」
「僕も、後、二時間くらいで帰るから。飯は済ませて帰るから、鍵をかけて先に寝てろよ。待ってなくていいからな。」
「尊兄ちゃん。」
「なんだ?」
「今のほとんど、新婚さんの台詞だ。」
「あのな~……」

くすくすと、電話口で琉生は楽しそうに笑った。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)



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