漂泊の青い玻璃 54
粗削りながら伸びやかな感性に溢れた琉生の絵は、誰をも魅了し、審査員満場一致で推奨作品に選ばれた。
才能が有りながら道半ばで挫折した実父の血は、確かに琉生に流れていたのかもしれない。
母が居れば、どれだけ喜んでくれただろうと思う。
巡回する県立美術館に、久しぶりに三人揃って鑑賞に行き、帰りにジュースで乾杯した。
尊も隼人も自分の事のように喜んだ。
「これからも頑張れよ、琉生。応援してるからな。」
「うん。好きで描いて来たけど、認められるとすごくうれしい。」
「俺は絵は分からないけど、琉生の絵は好きだぞ。何かほっとするというか……落ち着くというか。すまん、ボキャブラリーが貧困だな。」
「ううん、嬉しいよ。誰に褒められるよりも、ぼくは尊兄ちゃんと隼人兄ちゃんが褒めてくれるのが嬉しいんだ。」
「そうか、そうか。じゃあ、せっかく二人で買ったけど、褒めただけでこのお祝いはいらないかな?兄貴、返品するか?」
「そうだな。琉生はうんと褒めてやればいいか。」
「え?何?」
「シャガールのリトグラフなんだけどな。琉生が要らないなら、仕方ない。残念だけど、これは画廊に返品……琉生?」
「……うれしい。ありがと。尊兄ちゃん、隼人兄ちゃん……うんと、大切にする。ぼく、期待を裏切らないよう、これからも一生懸命頑張るね。」
「おいおい……」
「泣くなよ。このくらいで……」
包みを抱きしめ、琉生は涙ぐんだ。思いがけない反応に、二人は苦笑するしかなかった。
そして、三人は何度めかの乾杯をした。
琉生の未来に。
ただ、その受賞の知らせは、一番知らせたくない人物にも届けられた。
新聞で受賞を知った中学の美術教師が、わざわざ寺川の家に足を運んでいた。
教え子の受賞を喜び、琉生への祝いの品物を手渡したことを琉生と兄達は知らなかった。
新しい絵筆と、絵の具を受け取った寺川は、ごく自然に普通の父親を演じて見せた。
「初めまして。この度は、受賞おめでとうございます。寺川君の中学の美術教師です。黒瀬と言います。」
「あ……ああ、黒瀬先生。玄関先ではなんですから、どうぞ、中へ。」
家の中は家政婦の手で、綺麗に片付いていた。
「正直、寺川君の才能は、僕が見ても目を見張るものが有ります。勿論、すごい努力家なのも知っていますが、彼の才能は天賦かもしれません。高校では、勉強の方も精力的に頑張っているようですよ。僕もほんとうに嬉しいです。」
「先生のご指導のおかげですよ。いろいろお世話になりました。これは、私からあれに渡しても?」
「勿論です。寺川君に直接渡してあげたかったのですが、部活顧問をしていると中々時間が取れなくて、迷惑も顧みず家まで押しかけてしまいました。」
「いやいや、思いがけず嬉しいですよ。」
その姿には何の不自然さも感じられなかった。
「わたしも時々、あれは一体誰に似たのかと思いますよ。愛想なしでしてね。家を出たきり何の音沙汰もないので、こうして先生にお祝いを頂くまで受賞を知らなかったんです。全くお恥ずかしい限りです。」
「きっと忙しくしているんでしょう。寺川君は真面目な子ですから、生活面は心配いらないと思います。聞くところによると、高校の美術講師も寺川君の才能に惚れこんで、ずいぶん熱心に指導しているようです。」
「そうですか。ああ……そう言えば、あれが通っているのは何という高校でしたかね?」
「愁美高校ですか?」
「そうそう。そうでした。一度、お世話になっている先生にも、お目に掛かってお礼を言わなければと思っていたんです。今日、先生にお会いできて良かったです。」
会話を繋ぎながら、寺川は琉生の新しい情報を得た。
通っている高校の名さえ伏せて、兄達は父親に琉生の事を何も告げていなかったというのに。
本日もお読みいただきありがとうございました。(〃゚∇゚〃)
寺川パパが少しずつ内側から壊れてゆくのを、止める手立ては……?(´・ω・`) う~ん……
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