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終(つい)の花 22 

直正には、一衛の抱えている葛藤が、難なく理解できた。
江戸屋敷に詰めた会津藩士たちは、一年ごとに国許の藩士と交代することになっていたが、一衛の父のように藩主の傍で護衛に当たった者は、おいそれとお役目を離れられない。
一衛の父の以前の赴任地、会津よりはるか北の地の蝦夷も、大方の者は訪れたこともなかったし、新しく赴任する京都は、会津の人々にとっては想像もつかない果てしない地だった。
誰にも言えないもどかしさに、胸が押し潰されそうになったのだろう。
気を紛らせる他の兄弟もいなかったし、秘めた想いはどんどん深くなる。
藩のお役目とあっては、一衛にはどうしようもできない。

日新館に入学後は、濱田家嫡男の自分に向ける祖父と母の期待も重かったのだろう。
直正にも覚えがあった。
握り締めて膝の上に揃えた拳が、余りに小さくていじらしく、何とかしてやりたいと思わずにはいられなかった。

「ね、一衛。日新館から帰ったら、わたしと庭で稽古しようか。」
「直さまと……?江戸行きが決まって、お忙しいのでは?」
「時間ならどうとでもなるよ。一衛の父上のように武芸達者ではないけれど、わたしも少しは扱える。叔父上の代わりはできないが、練習相手位にはなるだろう。」
「あい。」
「それとね、わたしの意見だが、一衛の背が低いのは、決して悪いことではないと思う。小回りが利くのは、大柄の敵にしたら扱いにくいはずなんだ。短所だと思うなら、そこを長所に出来るように鍛練すればいい。獲物を小太刀に換えてみればどうかな。」
「小太刀ですか?」
「戦いになれば、相手がどんな得物を手にして戦うかはわからないだろう?持つ手札は多い方が良いと思う。何も槍だけに執着することはない。」
「あい。」
「それとね、大きな声では言えないが、一衛には言っておく。これからは洋式兵法の時代がきっと来る。新しく日新館に召し抱えになった砲術指南の川崎先生が言うには、西国の諸藩では、とうから新しい武器を買いあさっているという話だよ。いつまでも刀槍に頼っていてはいけないともおっしゃっていた。」
「川崎先生のお話はとても面白くて、一衛も楽しみです。」
「そうだろう。川崎先生は他藩の事情にも広く通じていらっしゃるからな。上役の方々は、古い長沼流兵法にこだわって、這って的を撃つ鉄砲を卑しいものだと思っているようだが、鉄砲の威力はすごいんだ。一度一緒に砲術指南の山本さまのお宅を訪ねてみようか?一衛に手ほどきしてくださるよう御願いしてみよう。川崎先生は、山本さまのおうちに居候していらっしゃるんだ。」

鉄砲を一緒にやらないかと誘われて、一衛は顔を上げた。その表情は明るくなっている。
大好きな直正の誘いを、断るわけがなかった。
縁台から、とんと弾むように飛び降りた。

「直さま。鉄砲を初めて撃ったのは、いつごろですか?」
「ああ。去年の今頃だったかな。山本家の隣の秋月さまが軍事方で、砲術と一緒に鉄砲も習ってみろと言うので、わたしも手ほどきを受けたんだ。」
「一衛も直さまと一緒に行きたかった。直さまは以前、他の子をお連れになって一衛にお留守番をしていろとおっしゃいました。」
「そう言えば、一緒に行きたいと言って泣いたことが有ったな。意地悪をしたんじゃないんだよ。あの時は、一衛はまだ日新館にも上がっていなかったから、さすがに連れてはいけなかったんだ。鉄砲は撃つとすごい衝撃が来るから、踏ん張れないと吹き飛ばされてしまうんだよ。きちんと構えが出来ていないと、肩の骨が折れることもある。鉄砲の扱いはうっかり間違えると、大変なことになるんだ。一衛に怪我をさせるわけにはいかないからね。」
「そうだったのですか。鉄砲を撃てる者は、一衛の周りにはまだおりません。」
「そうだろう?だからこそ、学ぶんだ。誰よりも早く動くのは、武芸の道だけではないんだよ。学問も全て先手必勝だ。どうだ、やれるか?」
「あい。」

いつか目を輝かせ、身を乗り出して話を聞いている一衛だった。
直正と話をしていると、何故か心の憂さが消えてゆく気がする。




(`・ω・´)「直さまと一緒に、剣と鉄砲の稽古をいたします。」
(`・ω・´)「厳しいぞ。」

(`・ω・´)「直さまがご一緒なら、だいじょぶなのです。」

移ろいやすい少年期です。立派な武士になるのは大変です。

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