終(つい)の花 15
一衛も当たり前のように付いて来て、秋には刈り取った稲穂を垂木に掛けてゆくのを手伝った。
何しろ上背が足りないので、掛けるのにも時々は手助けが必要だったが、それでも身重の女房は喜んだ。
直正が懸命に鎌を振るった稲束を、一衛が汗だくになって束ねてゆく。
「うまいぞ、一衛。手早くなったな。」
「はい。直さま。もう少しですね。」
*****
「ご苦労さまです、若さまがた。お疲れになったでしょう?そろそろお茶に致しましょう。」
「はい。ありがとうございます。」
「直さま。ご覧ください。清作さんの二の腕の太さときたら、一衛の腕の何倍もありそうです。」
「はは……軒下に積みあげた丸太のようでございましょう?ほら、こうすると……」
ぐいと腕を曲げると大きな力瘤が浮き上がる。
一衛は面白がって、つんつんと赤銅色の腕を指でつついた。
「すごい!固くて大きな力瘤。働き者の腕です。一衛もいつか清作さんのように、米俵を二つ担げるようになります。」
「小さい若さまが?この可愛らしい手で米俵をお担ぎになるので?」
「あい。」
「……ぶっ。」
「直さま?」
「……いや。茶が……な。」
一衛が米俵の下敷きになったところを想像して、口に含んだ茶をあやうく噴きそうになった直正は、すんでのところで堪えた。
負けん気の強い一衛は、きっと泣きながら文句を言うだろう。
「一衛。それより前に、飯をたくさん食って、刈り取った稲を一人で稲木に掛けられるように大きくならねばな。」
「相馬の若さま。小さい若さまは大きくなったら、きっと大した武士におなりですよ。」
「一衛が?そうでしょうか。」
「ええ。手のひらに出来ているのは、竹刀だこでしょう?それだけお励みなのですから、お強くなります。きっとです。米俵もきっと担げるようにおなりですよ。」
「うふふ~。」
力自慢の清作にそう言われて、一衛はいつになく嬉しそうだった。
女房は香の物と握り飯だけの粗末な弁当を広げ、二人に勧めてくれた。
子どもたちもやってきて、野辺で摂る昼餉は賑やかなものになった。
「これ。若さまの物に手を出してはいけません。」
女房が子供たちを叱った。
「稲刈りのお手伝いして下すったのですよ。あなた達もきちんとお礼を言いなさい。」
「……あ、ありがとう。若さま。」
「なんの。坊の父上はわたしの命の恩人だから、ほんのお礼です。」
子供たちは恥ずかしそうに清作の身体の影に隠れていたが、やがて直正が一緒に相撲を取ろうかと声を掛けたら顔を見合わせた。
「坊の名はなんというの?」
「……次郎。こっちは三郎。」
「そう。わたしはこれから次郎の父上とお相撲を取ろうと思うのだけど、三郎はどちらが勝つと思う?」
「……お父つぁま。」
「若さま。おら達のお父つぁまは強いんだよ。」
「うん。きっと強いだろうね。でも、わたしも負けないよ。」
直正は再びぐいともろ肌を脱いだ。
日新館では柔術の授業もある。腕に覚えのある直正は、本気で勝負を挑むつもりだった。
しかし、当然のようにあっさりとひっくり返されて、直正は空を見上げて笑った。
「あ~、負けた!やっぱり清作さんには敵わないなぁ。なぁ、一衛。」
「あい。でも直さまの押しは強かったです。」
「そうか。」
「一衛も強くなります。」
「よし一衛。二人がかりで向かってみよう。清作さん、いいですか?」
「いいですよ。では、若さま方、もう一勝負いたしましょうか。」
次郎が丸く線を引き、二人はぱんと顔をはたいた。
「参る。」
どんと胸をぶつけた直正が、相手の腰帯に手を掛けた。一衛も必死に相手を押す。
額に玉となって浮いた汗が、幾筋も流れた。
父が劣勢になるのを見ると、次郎と弟も必死に父を加勢した。
「おお、次郎!強いな。」
「えいっ!えいっ!」
小さな弟も一緒になって、直正と一衛の帯にぶら下がった。
みんな一塊になってどっと野良に倒れ込んで、刈ったばかりの田んぼで彼らは空を見上げて笑った。
雲一つない抜けるような青空が、広がっている。
「あ~、楽しい。次郎のお父つぁまは、本当に強いねぇ。」
「小さい若さま。お父つぁまは、どこの誰にも負けないなし。」
父親に甘える幼い兄弟を羨ましそうにじっと眺める一衛の視線に、直正は気付いた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
父上に教えてもらった通り、暇を見つけては農作業にいそしむ二人です。
明日からは、以前に短編として掲載していた雪うさぎのお話を再掲します。読んだことあるぞ~と思われるかもしれませんが、流れ上必要なのでお許しください。
少し推敲しましたが、ほとんど内容も変わりません。上手くつながっていればいいなと思います。 ヾ(〃^∇^)ノ
今期はアニメが面白くて、此花はすっかり夢中です。
アルスラーン戦記、シドニアの騎士、血界戦線、終わりのセラフ……(〃゚∇゚〃)きゃあ~♡
どこか刹那的なものを探して、惹かれてしまいます。
日々、大忙しなのです。 此花咲耶
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