終(つい)の花 23
直正も、明るく言葉を返す一衛の様子を見てほっとしていた。
「はは……いい返事だ。安心したよ。日新館に入ったからと言って、一衛の中身は何も変わっていなかったのだな。」
「いいえ、直さま。一衛はもう子供ではありませぬ。一衛はこれから鉄砲を習って、直さまをお守りします。」
「頼もしいな。では、わたしも一衛に負けないように励むとするか。」
「競争です、直さま。」
ふと直正は真顔になった。
「だがその前に、その腫れた肩の傷を早く治さなければいけないよ。本当は手も上がらないほど、痛むのだろう?寝返りも打てないで、夜もよく眠れていないはずだよ、違うか?」
「……ぁぃ。」
蚊の泣くような声で、一衛は本音を打ち明けた。
本当は、肩の傷がずきずきと、いつまでも疼いて眠れないでいた。
「なんだ、さっきまで勇ましかったのに。」
「直さまが、変わりなくお優しいから……一衛は何だか安堵してしまいました。」
「わたしは変わったりしないよ。いつでも一衛を見て居る。」
「でも……直さまはいつも一衛の先を行かれるのです……一衛はいつまでたっても追いつけません……」
直正は一衛の頭に手を添えると、ぐいと胸に抱いた。
温かい直正に触れて、一衛の胸はいっぱいになる。
寂しい心の雪が溶かされてゆく心持だった。
「あ……っ。」
「いいかい、一衛。何かに潰されてしまいそうなときは、一人で抱え込んでは駄目だ。一衛は時々、我慢が過ぎるからわたしは心配なんだ。困った時は、二人で考えればいい答えが見つかるかもしれない。わたしの方が一衛よりも年上なのだから、頼りないだろうけど、頼ってくれ。わたしはいつでも一衛の本当の兄上のつもりなんだから、」
「直さまが一衛の兄上?うれしい。本当の兄上なら、どんなにいいか。」
「わたしはね、近頃一衛が構ってくれなかったから、すごく寂しかったんだよ。」
「一衛もです。江戸行きが決まった後の日新館での直さまは、教授方といつもご一緒で、お声を掛けられませんでした。」
「あれか……。打ち明けるとね、一衛が日新館で上手くやれているか気になって、教授方を順繰りに訪ねて話を聞いていたんだ。江戸へ行ってしまうと何年かは帰れなくなるだろうから、様子を知らせてくださるようお願いしていたんだよ。こっそり教室を覗きに行ったこともある。おかしいだろう?」
「はい。でも、嬉しい……本当は一衛も直さまに会いたかった。今日は、久しぶりに直さまとお話が出来て、心の雲が晴れた気がします。」
「そうか。それを聞いて安心した。」
「それに直さまが、これほど過保護な兄上だとは思いませんでした。」
「そうだろう?実は自分でも驚いているんだ。はは……一衛の方が、よほどしっかりしているな。」
笑いながら、心の片隅で変わらぬ一衛に安堵した直正だった。
相馬直正、19歳。濱田一衛、11歳の秋。
紅葉した庭の楓が、懐で見上げた一衛の顔に映えて、頬を染めていた。
(*´▽`*)「直さま~」
(〃゚∇゚〃) 「やっと、いつもの一衛に戻ったな。」
教授方に一衛のことをいろいろ聞いていた直正。内緒にしておくはずだったのにね~
本日もお読みいただきありがとうございます。
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「はは……いい返事だ。安心したよ。日新館に入ったからと言って、一衛の中身は何も変わっていなかったのだな。」
「いいえ、直さま。一衛はもう子供ではありませぬ。一衛はこれから鉄砲を習って、直さまをお守りします。」
「頼もしいな。では、わたしも一衛に負けないように励むとするか。」
「競争です、直さま。」
ふと直正は真顔になった。
「だがその前に、その腫れた肩の傷を早く治さなければいけないよ。本当は手も上がらないほど、痛むのだろう?寝返りも打てないで、夜もよく眠れていないはずだよ、違うか?」
「……ぁぃ。」
蚊の泣くような声で、一衛は本音を打ち明けた。
本当は、肩の傷がずきずきと、いつまでも疼いて眠れないでいた。
「なんだ、さっきまで勇ましかったのに。」
「直さまが、変わりなくお優しいから……一衛は何だか安堵してしまいました。」
「わたしは変わったりしないよ。いつでも一衛を見て居る。」
「でも……直さまはいつも一衛の先を行かれるのです……一衛はいつまでたっても追いつけません……」
直正は一衛の頭に手を添えると、ぐいと胸に抱いた。
温かい直正に触れて、一衛の胸はいっぱいになる。
寂しい心の雪が溶かされてゆく心持だった。
「あ……っ。」
「いいかい、一衛。何かに潰されてしまいそうなときは、一人で抱え込んでは駄目だ。一衛は時々、我慢が過ぎるからわたしは心配なんだ。困った時は、二人で考えればいい答えが見つかるかもしれない。わたしの方が一衛よりも年上なのだから、頼りないだろうけど、頼ってくれ。わたしはいつでも一衛の本当の兄上のつもりなんだから、」
「直さまが一衛の兄上?うれしい。本当の兄上なら、どんなにいいか。」
「わたしはね、近頃一衛が構ってくれなかったから、すごく寂しかったんだよ。」
「一衛もです。江戸行きが決まった後の日新館での直さまは、教授方といつもご一緒で、お声を掛けられませんでした。」
「あれか……。打ち明けるとね、一衛が日新館で上手くやれているか気になって、教授方を順繰りに訪ねて話を聞いていたんだ。江戸へ行ってしまうと何年かは帰れなくなるだろうから、様子を知らせてくださるようお願いしていたんだよ。こっそり教室を覗きに行ったこともある。おかしいだろう?」
「はい。でも、嬉しい……本当は一衛も直さまに会いたかった。今日は、久しぶりに直さまとお話が出来て、心の雲が晴れた気がします。」
「そうか。それを聞いて安心した。」
「それに直さまが、これほど過保護な兄上だとは思いませんでした。」
「そうだろう?実は自分でも驚いているんだ。はは……一衛の方が、よほどしっかりしているな。」
笑いながら、心の片隅で変わらぬ一衛に安堵した直正だった。
相馬直正、19歳。濱田一衛、11歳の秋。
紅葉した庭の楓が、懐で見上げた一衛の顔に映えて、頬を染めていた。
(*´▽`*)「直さま~」
(〃゚∇゚〃) 「やっと、いつもの一衛に戻ったな。」
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