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終(つい)の花 東京編 8 

地面に叩きつけられる寸前に、一衛の体を日向が拾い上げた。

「……御無理をなさるからですよ。一衛さま。」
「う……」
「ちょうど良かった。大久保さまにお目通り願いましょうか。ふふっ……」

一衛の耳に、日向の意味ありげな含み笑いはもう届かなかった。

*****

夢の中で、一衛は清助の田で稲刈りの手伝いをしていた。
お日さまの下で、日に焼けた直正が、束にした稲を振り上げて笑う。

「一衛、おいで。」

手を上げて応えようとして、手が上がらないのに気が付いた。

「直さま……っ……?だめだよ、次郎……?」

清助の子供たちが手を引っ張っているのだろうと振り返ったら、背後から自分を抱える日向と目が合った。

「えっ……。」
「気が付かれましたか?一衛さま。」
「……日向さん?わたしは……倒れたんですか?」
「牛太郎を相手に、大立ち回りをした後に倒れたんですよ。花魁の足抜けの加勢をなさるとは、無茶をなさいますね。娘の会津の訛りを聞いて、我を忘れましたかな?」

返事の代わりに、一衛は身をよじった。
何かで緩く後ろ手に戒められているようで、身動きが取れない。
日向の目に射すくめられて、表情には出さなかったが一衛の顔が少しこわばった。

「わたしに、何をした……んです?腕が……」
「おいたが過ぎましたから、少し苛めて差し上げようと思ったのですよ。隣の座敷には、本日染華花魁の水揚げに大枚をはたいて下さった、薩摩の大久保さまというお方が控えていらっしゃいます。」
「薩摩……。」

薩摩と聞いて、思わず顔が歪む。
会津を塗炭の苦しみに追いやった者と、関わり合いになりたくはなかった。
一衛の内側には、薩長に対する忸怩たる思いがある。

「なぜこんなことになったのか、お話を聞きたいそうですよ。何しろ、わたくしどもは、大切なお客さまに床入り前に女に逃げられるという大恥をかかせてしまったのです。先様のお気が済むように、誠心誠意お詫びをしなければなりません。いったい、どうしたものでしょうね。」
「……そうか。わかった。わたしが日向さんの代わりに詫びよう。」
「一衛さまが?さて、どう詫びるのです?」

恥をかかされた会津武士なら、命を賭して恥をすすぐ。
知らなかったとはいえ、薩摩の者に借りを作るわけにはいかない。
一衛の知る、武士が詫びる方法は、ただ一つだけだ。
廓の作法はわからないが、腹の切り方なら、物心の付く前から恥をかかないようにと作法を習い覚えている。
戊辰戦争の責任を取って、萱野権兵衛は腹を切った。
隣の部屋で、静かに杯を傾ける男の存在を知り、一衛は日向にだけ聞こえるように小さな声で告げた。

「腹を切ります。畳を一枚お貸しください。」
「は……?」
「だから、腹を切って詫びると言っているのです。わたしは他に詫びる方法を知りません。詫び状を書きますから、お渡ししてください。墨と硯をお貸しくださいますか?」

日向はあきれた。
時代遅れのこの若者は、文明開化のご時世に未だ武士らしく生きようと言うのだろうか。

「冗談ではございませんよ。この島原屋、座敷で腹など切らせるつもりはございません。」
「しかし、それでは向こうの面目が立たないのではないか……」
「新しい時代が来たというのに、まこと会津の方は潔いやら、一本気やら。」

迷惑だと言われ、一衛の丸い目が見開かれた。

「どうやらこうしておいたのは、あなた様のためには良かったようだ。腹など切られたら、噂が噂を呼んで商売に差し支えるというものですよ。……ねぇ、大久保さま。」
「そうだな。」

からりと襖が開いて、男が顔を出す。
薩摩人らしい浅黒い肌と濃い眉が印象的だった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
どうやらやっとBLっぽい展開に……?

(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「直さま……このはなのあんぽんたんが……」「大丈夫だ、一衛。わたしがなんとか……」

(*つ▽`)っ)))「……直さんには、何とかできないって。」

Σ( ̄口 ̄*) 「なんとっ。」

(´;ω;`) ぶわっ……

こうなるとはわかっていたけど、なんだかちょっと可哀想になってきた。
でも、仕方がないの。そういうお話だから。   此花咲耶

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