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終(つい)の花 東京編 27 

峠の道は、地の利を得た薩摩軍が草むらに潜み、思わぬ苦戦を強いられた。
直正たちは、胸まで茂った草をかき分け進んだ。

「鳴子に触れないように気を付けろ!そこかしこに下げてあるぞ。気取られぬように、ゆっくりと進め。」
「はい!」
「敵本陣は、おそらくこの先だ。」
「高台から見つけられぬよう、腰を低くして行け。」

縦横無尽に張り巡らされた鳴子に触れたが最後、敵に味方の場所を知られてしまう。
注意深く進んでいた佐川の軍だったが、露で湿った草に足を取られ、誰かがうっかりと鳴子の紐に触ってしまった。
がらがらと音を立てて、味方の位置を示す鳴子は、あっという間に敵の軍隊を呼び寄せ、佐川の軍は窮地に陥った。

「これしきの数にひるむな!一騎当千の会津武士の真骨頂を見せてやれ!」
「おおーーっ!」

一発だけ先込め式の小銃を撃つと、一斉に抜刀し敵と刀を交えた。
そこかしこで白刃の切っ先が煌めいていた。
数ははるかに少ないが、警視隊は実力で押している。
直正も、数人の敵を袈裟懸けに切り捨てた。
まだ腕は落ちていない、自負があった。

元会津藩士、窪田の「戊辰の敵、思い知れ!」という声に呼応し、あちこちで「戊辰の敵!」「戊辰の敵」と叫びながら敵に突進しているようだ。
大抵は、断末魔の声と共に敵方の血柱があがった。
直正も、刀が血糊で滑らないよう、ぎりぎりと右手にさらしを巻いた。

*****

「あれが、鬼佐川か。さすがに強い。」

西郷軍も不平士族の集まりであったから、腕に覚えのあるものも多い。
鎌田雄一郎という男が、名乗りを上げた。

「拙者、鎌田と申す。薩摩武士として、佐川官兵衛殿と一騎打ちを所望したい。」
「おうっ。元会津藩士、佐川官兵衛だ。今は内務省警視庁警視隊の一等大警部を拝命している。」
「ご高名はかねてより存じて居る。噂通りか、貴公のお手並みを拝見したい。手合わせを所望する。」
「うむっ。受けて立とう。」
「参る!」

武士らしく、互いに名乗った上、抜き身を掲げ向かい合った。
手練れの真剣勝負を、周囲も息をのみ見守った。
互いに侍として譲れぬ矜持を持って、この場にいる。

佐川の抜刀切込みはすさまじかった。
だが、鎌田も臆することなく、火花を散らして刃を受け止め必死に応戦した。
しかし、腕の差は歴然としていて、会津藩随一の使い手に鎌田はじりじりと押されてしまう。
佐川は武士の立ち合いとして、腕の劣る相手にも手を抜くことなく全力を尽くし、後一太刀の所まで追い詰めた。
佐川の刀が相手の胴へと吸い込まれようとした瞬間、誰もが想像もしていなかった結末が襲う。
パンと乾いた銃声が藪の中から響き、佐川の刀はあらぬ方へと飛んだ。
勝利を確信したはずの佐川の瞳は驚愕に見開かれ、左胸からどっと鮮血が噴出した。

「佐川さまっ!?」
「佐川殿っ!」

走り寄る警視隊の面々は、信じられなかった。相手の鎌田も薩軍も顔色を変えた。
武士の真剣勝負を邪魔だてしたばかりか、卑怯にも藪の中から鉄砲で狙うなど信じられない。
真っ先に駆け寄った鎌田は、一発の銃弾が佐川の命を絶ったと知る。
二重の峠で、この戦いを見守っていた西郷軍の一人が、鎌田の劣勢を見て銃で佐川を狙っていたのだった。
取り囲んでいた直正らは、激高した。

「おのれっ!武士の作法も知らぬ、卑怯な芋侍めが!」
「それでも、武士か!」

さすがに薩摩の方でも、自陣の中にそんな卑怯者がいるはずはないと、色めき立った。
実際は薩摩軍にいたとはいえ、農民上がりで武家の何たるかも知らない男が、味方の敗色が濃厚になったため狙い撃ったようだ。
佐川官兵衛を撃った男は、周囲の騒ぎに、自分がとんでもない手柄を立てたと勘違いし叫んだ。

「おいが鬼佐川を倒した!」

男は佐川官兵衛の胸を打ち抜いた小銃の弾を、すぐさま込め直し、側に駆け寄った直正も狙った。
ひたと視線が絡んだ。

「おのれ。士族の面汚しが……!」
「死ね!政府の狗!」
「相馬―――!!」

どっと倒れて事切れる寸前のまぶたの裏に、頭の傷から血が流れ、燃えあがった紅葉が炎となって揺れる幻を見せた。

「……か……ずえ……」

手を伸ばせば、わたくしも共に逝くのです、お連れくださいと、一衛が誘う。

阿蘇の草むらの中に、血刀を振り上げたまま直正は倒れこんだ。
殆ど即死だった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
苦難続きの二人のお話も、いよいよ明日が最終話となります。

(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「直さまが……」「まあまあ。」

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