Café アヴェク・トワへようこそ 12
松本の腕の中で、相良は黒崎との出会いを、ぽつぽつと口にした。
「直は、田舎から出てきて、ずっと一人ぼっちだったのか?」
「いえ……。学生のころは寮だったんで、すぐ友達も出来ました。都内のカフェめぐりをしていて、黒崎と会ったんです。製菓学校の生徒だって話をして、いつかカフェをやりたいんだって言いました。何度か親身に話を聞いてくれたから、おれはすっかり信用してしまったんです。」
「直……話すのが辛いなら、無理しなくていい。今じゃなくても直が話したくなったら、いつでも聞いてやるから。」
「聞いてほしいです。嫌なことは、過ぎたことにしてしまいたいから。」
「そうか。」
想像はしていたものの、相良の話はやはり悲惨なものだった。
話を聞きながら、松本の心中は幾度も怒髪天を突き、鬼のような形相になりかかっているが、精いっぱいの理性で顔に出ないように抑えている。
単に相良に嫌われたくない一心での辛抱だったが、脳内ではすでに黒崎は五回も恐ろしい方法で八つ裂きにされていた。
*****
製菓学校を卒業して、友人たちの就職先は次々決まっていたが、身元引受人欄に親の名前を書けない相良は最後の面接で必ず落とされたんですと、打ち明けた。。
実力では友人たちの誰よりも優秀だと、講師陣も口を揃えて褒めてくれたが、結局雇う側もリスクは最小限にしたい為、二の足を踏んだのだろう。
腕の真偽もわからない新人パテシィエを、一から育てるよりも、すぐに使える経験者が欲しいのはどんな職業でも当然だ。
いくつ面接を受けても、アルバイトや派遣の口はあったが、正規に雇ってくれる店はなかった。
だから、満面の笑顔で誘ってくれた黒崎が、まるで地獄で巡り合った仏様に見えたんです……と、おばあちゃん子の相良は話をした。
「あんなくそ野郎が、仏に見えたのか。よっぽど追い詰められてたんだな、直。」
「何社も落ちて、焦っていました。だから、付いて行っちゃいました。向こうにしてみれば、おれは何も知らない子供で、騙すのは簡単だったと思います。」
何度目かの面接に失敗して、しょんぼりと沈んでいた相良は、黒崎のカフェで声をかけられた。
「あれっ?確か君……前にも話したことあったよね。ずいぶん暗いね、どうしたの?」
「あ、はい……もうすぐ卒業なのに、就活がなかなかうまくいかなくて、へこんでました。」
「そう。どんな職業に就きたいの?」
「洋菓子のパティシエになりたいんです……でも、ホテルや有名店の正社員の募集って、すごく狭き門だから難しいんです。おれには強力なコネもないから。」
「へぇ、ちょうど良かった。うちのカフェ、一人従業員募集しているよ。どう?」
「え……っ、そうなんですか?」
「うん。俺はパティシエ兼オーナーの黒崎というんだ。普段は忙しくて、この時間に店には来れないんだけど、運がよかったね。え……と、君は……。」
「相良です。相良直です。あの、これ履歴書と、これまでに書いたデザイン画とルセット(レシピ)の一部です。見ていただけますか?」
「そう……参考までに、ちょっと見せてもらってもいいかな。」
オーナーの黒崎は、相良の渡した分厚いルセットの束をしばらく眺めていた。
「君、いつから来れる?」
「え?本当に雇って下さるんですか?」
「言っただろう?募集中なんだよ。」
「……すごい。こんな有名店で働けるなんて夢みたいです。雑用でも何でもします。」
「誰だって、最初はひよこだよ。俺も最初から順風満帆だったわけじゃない。家は?」
「あの……これまで寮だったんで、家も探してます。近くの不動産屋を、これから回ってきます。」
「住む所もなかったのか?それはため息もつきたくなるよねぇ。」
「すみません……」
「いいよ、だったら、おれの所に泊まればいい。部屋も空いているし、ここも近いしね。食事付きの豪華な寮だと思えばいい。よろしくね、相良くん。」
黒崎は歯を見せて笑った。
余りの好待遇に、相良は相手の思惑など何も考えなかった。
自分がこれまで関わってきた人間たちと同じように、黒崎も自分に好意的なのだと誤解してしまった。
そして、松本が想像した通りに、事は運んだ。
「そうだな。君が、どうしても申し訳ないっていうなら、給料の中から少しだけ家賃をもらおうかな。」
「本当に……?それでいいんですか?ありがとうございます。」
「気にしなくていい。困ったときはお互い様だよ。連絡先は、学生寮でいいんだね?」
「はい。携帯は持っていないので。よろしくお願いします。」
相良直は、こうして黒崎の店のスタッフになった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「辛かったな、直。」「もう、だいじょぶ……」
ヾ(。`Д´。)ノ「黒崎の野郎、今度会ったらぶっ殺~す!」
話して楽になることもあるけど、今まで抱えてきて辛かったね、直。
(´;ω;`)「頑張る……」
「直は、田舎から出てきて、ずっと一人ぼっちだったのか?」
「いえ……。学生のころは寮だったんで、すぐ友達も出来ました。都内のカフェめぐりをしていて、黒崎と会ったんです。製菓学校の生徒だって話をして、いつかカフェをやりたいんだって言いました。何度か親身に話を聞いてくれたから、おれはすっかり信用してしまったんです。」
「直……話すのが辛いなら、無理しなくていい。今じゃなくても直が話したくなったら、いつでも聞いてやるから。」
「聞いてほしいです。嫌なことは、過ぎたことにしてしまいたいから。」
「そうか。」
想像はしていたものの、相良の話はやはり悲惨なものだった。
話を聞きながら、松本の心中は幾度も怒髪天を突き、鬼のような形相になりかかっているが、精いっぱいの理性で顔に出ないように抑えている。
単に相良に嫌われたくない一心での辛抱だったが、脳内ではすでに黒崎は五回も恐ろしい方法で八つ裂きにされていた。
*****
製菓学校を卒業して、友人たちの就職先は次々決まっていたが、身元引受人欄に親の名前を書けない相良は最後の面接で必ず落とされたんですと、打ち明けた。。
実力では友人たちの誰よりも優秀だと、講師陣も口を揃えて褒めてくれたが、結局雇う側もリスクは最小限にしたい為、二の足を踏んだのだろう。
腕の真偽もわからない新人パテシィエを、一から育てるよりも、すぐに使える経験者が欲しいのはどんな職業でも当然だ。
いくつ面接を受けても、アルバイトや派遣の口はあったが、正規に雇ってくれる店はなかった。
だから、満面の笑顔で誘ってくれた黒崎が、まるで地獄で巡り合った仏様に見えたんです……と、おばあちゃん子の相良は話をした。
「あんなくそ野郎が、仏に見えたのか。よっぽど追い詰められてたんだな、直。」
「何社も落ちて、焦っていました。だから、付いて行っちゃいました。向こうにしてみれば、おれは何も知らない子供で、騙すのは簡単だったと思います。」
何度目かの面接に失敗して、しょんぼりと沈んでいた相良は、黒崎のカフェで声をかけられた。
「あれっ?確か君……前にも話したことあったよね。ずいぶん暗いね、どうしたの?」
「あ、はい……もうすぐ卒業なのに、就活がなかなかうまくいかなくて、へこんでました。」
「そう。どんな職業に就きたいの?」
「洋菓子のパティシエになりたいんです……でも、ホテルや有名店の正社員の募集って、すごく狭き門だから難しいんです。おれには強力なコネもないから。」
「へぇ、ちょうど良かった。うちのカフェ、一人従業員募集しているよ。どう?」
「え……っ、そうなんですか?」
「うん。俺はパティシエ兼オーナーの黒崎というんだ。普段は忙しくて、この時間に店には来れないんだけど、運がよかったね。え……と、君は……。」
「相良です。相良直です。あの、これ履歴書と、これまでに書いたデザイン画とルセット(レシピ)の一部です。見ていただけますか?」
「そう……参考までに、ちょっと見せてもらってもいいかな。」
オーナーの黒崎は、相良の渡した分厚いルセットの束をしばらく眺めていた。
「君、いつから来れる?」
「え?本当に雇って下さるんですか?」
「言っただろう?募集中なんだよ。」
「……すごい。こんな有名店で働けるなんて夢みたいです。雑用でも何でもします。」
「誰だって、最初はひよこだよ。俺も最初から順風満帆だったわけじゃない。家は?」
「あの……これまで寮だったんで、家も探してます。近くの不動産屋を、これから回ってきます。」
「住む所もなかったのか?それはため息もつきたくなるよねぇ。」
「すみません……」
「いいよ、だったら、おれの所に泊まればいい。部屋も空いているし、ここも近いしね。食事付きの豪華な寮だと思えばいい。よろしくね、相良くん。」
黒崎は歯を見せて笑った。
余りの好待遇に、相良は相手の思惑など何も考えなかった。
自分がこれまで関わってきた人間たちと同じように、黒崎も自分に好意的なのだと誤解してしまった。
そして、松本が想像した通りに、事は運んだ。
「そうだな。君が、どうしても申し訳ないっていうなら、給料の中から少しだけ家賃をもらおうかな。」
「本当に……?それでいいんですか?ありがとうございます。」
「気にしなくていい。困ったときはお互い様だよ。連絡先は、学生寮でいいんだね?」
「はい。携帯は持っていないので。よろしくお願いします。」
相良直は、こうして黒崎の店のスタッフになった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「辛かったな、直。」「もう、だいじょぶ……」
ヾ(。`Д´。)ノ「黒崎の野郎、今度会ったらぶっ殺~す!」
話して楽になることもあるけど、今まで抱えてきて辛かったね、直。
(´;ω;`)「頑張る……」
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